知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

市制がひかれて

私はこの町に小学校の2年一学期に超してきた。
以前住んでいた所は四方が山で電車は通っていなく日に何回か来るバスが狭い国道を走っていた。

窓から電車が見えるというのが大阪に行く謳い文句でもあった。

我が町

当時は国道でさえ舗装がされていなかった。
人口も少なく多くは農家であった。

それがここ半世紀のうちに山は削られてニュータウンとなって隙間なく住宅となっている。
国道も商店が建ち並び渋滞するようになった。
中華料理店やフランス料理店が、寿司屋や焼肉店が建ち並ぶ。

小学校も中学校も増え高等学校や大学校も出来た。
経済が発展して人口が増えて市民は人生を謳歌しているように見える。

叔父

叔父が亡くなって分かったことがある。

葬式に関東から、ある女性が参列した。
彼女は私の母に「叔父とは、年に一度七夕の日に会っていました」と打ち明けた。

戦争前の田舎のことである。
互いに想い合う仲であったが、そいとげることが出来ない理由があったのだろう。
叔父は長男で家を継ぎ、彼女は関東に嫁に行った。

私は叔父の場合単なる浮気とは思えなかった。
それは「あの厳格な叔父が・・・」である。
文字では表現できないが、男の何かを感じた。
わかる様な気がした。

無念を共有して

選挙中に暴漢によって倒れた長崎市長が死亡した。
総仕上げとして立候補した矢先にこのようなことになった無念さがよくわかる。

この種の事件は一人が矢面に立つのではなく社会が対置しなければ止めようがない。
福島県の環境担当の職員だったか、正義感強く一人で矢面にたって殺害された事件があった。


ここに長崎県の平和宣言を掲載する、



「人間は、いったい何をしているのか」
 被爆から61年目を迎えた今、ここ長崎では怒りといらだちの声が渦巻いています。
 1945年8月9日11時2分、長崎は一発の原子爆弾で壊滅し、一瞬にして、7万4千人の人々が亡くなり、7万5千人が傷つきました。人々は、強烈な熱線に焼かれ、凄まじい爆風で吹き飛ばされ、恐るべき放射線を身体に浴び、現在も多くの被爆者が後障害に苦しんでいます。生活や夢を奪われた方々の無念の叫びを、忘れることはできません。
 しかし、未だに世界には、人類を滅亡させる約3万発もの核兵器が存在しています。
 10年前、国際司法裁判所は、核兵器による威嚇と使用は一般的に国際法に違反するとして、国際社会に核廃絶の努力を強く促しました。
 6年前、国連において、核保有国は核の拡散を防ぐだけではなく、核兵器そのものの廃絶を明確に約束しました。
 核兵器は、無差別に多数の人間を殺りくする兵器であり、その廃絶は人間が絶対に実現すべき課題です。

 
 昨年、189か国が加盟する核不拡散条約の再検討会議が、成果もなく閉幕し、その後も進展はありません。
 核保有国は、核軍縮に真摯に取り組もうとせず、中でも米国は、インドの核兵器開発を黙認して、原子力技術の協力体制を築きつつあります。一方で、核兵器保有を宣言した北朝鮮は、我が国をはじめ世界の平和と安全を脅かしています。また、すでに保有しているパキスタンや、事実上の保有国と言われているイスラエルや、イランの核開発疑惑など、世界の核不拡散体制は崩壊の危機に直面しています。
 核兵器の威力に頼ろうとする国々は、今こそ、被爆者をはじめ、平和を願う人々の声に謙虚に耳を傾け、核兵器の全廃に向けて、核軍縮と核不拡散に誠実に取り組むべきです。
 また、核兵器は科学者の協力なしには開発できません。科学者は、自分の国のためだけではなく、人類全体の運命と自らの責任を自覚して、核兵器の開発を拒むべきです。
 繰り返して日本政府に訴えます。被爆国の政府として、再び悲惨な戦争が起こることのないよう、歴史の反省のうえにたって、憲法の平和理念を守り、非核三原則の法制化と北東アジアの非核兵器地帯化に取り組んでください。さらに、高齢化が進む国内外の被爆者の援護の充実を求めます。

 
 61年もの間、被爆者は自らの悲惨な体験を語り伝えてきました。ケロイドが残る皮膚をあえて隠すことなく、思い出したくない悲惨な体験を語り続ける被爆者の姿は、平和を求める取り組みの原点です。その声は世界に広がり、長崎を最後の被爆地にしようとする活動は、人々の深い共感を呼んでいます。
 本年10月、第3回「核兵器廃絶−地球市民集会ナガサキ」が開催されます。過去と未来をつなぐ平和の担い手として、世代と国境を超えて、共に語り合おうではありませんか。しっかりと手を結び、さらに力強い核兵器廃絶と平和のネットワークを、ここ長崎から世界に広げていきましょう。
 被爆者の願いを受け継ぐ人々の共感と連帯が、より大きな力となり、必ずや核兵器のない平和な世界を実現させるものと確信しています。

 
 最後に、無念の思いを抱いて亡くなられた方々の御霊の平安を祈り、この2006年を再出発の年とすることを決意し、恒久平和の実現に力を尽くすことを宣言します。



2006年(平成18年)8月9日 
      長崎市長 伊 藤 一

解決の策としての暴力は間違っている

長崎市長が選挙中に事務所前で何者かに背後から拳銃で撃たれた。
昨日は、アメリカのバージニア州の大学では拳銃を乱射した学生により32名が死亡した。

イラクでは毎日のようにテロによって市民が死亡している。安全と言われているグリーンゾーンでも自爆テロがあった。

物事を暴力で解決しようとする考え方は社会全体が排除しなければ民主社会は成り立たない。

この種の暴力は個人では避けられない。

治らない風邪

今年の四月は急激な気温の変化が多かった為か風邪を引いてしまった。
最初の風邪は背中・腰・最後は左膝の痛みがひどく、歩くのにも支えが必要なほどひどいものだった。

一旦、治ったかのように思えたが一週間もしないうちにぶり返した。
今度は体の痛みはないが頭が重く咳が止まらない。特に寝ているときの咳がひどく何度も目が覚める。

終息に向かっているように思えるがなんとなく自信がない。
治りが遅いのは年のせいか!

禁煙席で

私は愛煙家である。
乗り換えのため下車して駅舎のsmoking areaで一本吸った。

移動して椅子に腰をおろしていると、
若い男が横に座った。
彼は胸のポケットから煙草を出して吸い始めた。

煙が私の顔をなでた。
注意しようと顔を見た。
が、時間が遅い。

何か起これば自分が笑われるぞ。
もう一人の私を置いてその場を立った 。

おやつ

子供の頃の「おやつ」はもっぱら「きりぼし」だった。
サツマイモを蒸かして平たく切って天日に干した物だ。

日が経っていない「切り干し」は柔らかくて甘い。
硬くなって白い粉をふいた物は、硬いが味がある。

当時は冬の寒い時の暖房は「ひばち」しかない、この火鉢の中にある炭で「切り干し」を焼いて食べるとまた美味しい。

糖分が足りなかったのだろうか、水飴がこのうえなく美味しかったのを覚えている。
まだまだ敗戦後の食料の少ない時代だった。

年に何回か「饅頭」を買って貰ったがこの世の物とは思えなかった。

初めて作った手打ちうどん

昨年の夏に初めて手打ちうどんを作ってみた。

手打ちうどん


粉は中力粉を使うようだが私は強力粉と薄力粉を混ぜてみた。
配合はとりあえず、小麦粉100:水42:塩5の割合で試すことにした。
まず、食塩水を粉にふりながら良く混ぜ合わせて手でこねて、30分ぐらい熟成する。

厚めのビニールを用意して足でまんべんなく踏む。約2時間ほどビニール袋に入れて寝かす。

麺棒で伸ばす時はある程度粉を付けないと麺がほぐれない、多少付けても良く水洗いすれば問題はない。
多いめの水を沸騰させ茹でること12分ぐらい(良くほぐしてから入れること)、あとは冷水で良く洗う。

初めての手打ちうどんは冷やしうどんで食べてみた。
これはいける。

キャンプ場で、地鶏とキャベツ、タマネギ、蒟蒻を鉄板の上で焼いて味噌を加える。そこにこのうどんを乗せて丁寧に焼くと一段と旨いような気がする

今は大分から中力粉を取り寄せている。

気のおけない人

美酒とは味の良い酒、旨い酒を云う。

美酒



随分と日本料理のお店にも行った。
落ち着いた雰囲気の個室で飲む酒は格別の味がする。

それでも、スルメにワンカップで飲む酒が旨い時がある。


それは人である。
気のおけない人と飲む酒は最高級の酒より旨いと想う時がある。

意気投合すれば歴史が変わることもある。

酒は飲むもの、飲まれるべからず。
たしなむ程度の酒がよい。

よい酒を飲むには、
耳は大きく口は小さく。いたわりと頼もしさを持って、静かに飲むべし。
しからば、未来につながる。

四季

里山の木々に若葉が目を出し始めた。

5月に入れば黄緑色の若葉が満開になる。
その頃になると色々な小鳥がやって来て飛び回る。

土に中で眠っていたもの達も這い出してくる。
そして人間は五月の風に頬をなでられて、すがすがしい気分になる。

何もなくてもウキウキするのはこの頃だけである。
私の場合は、

それでも、肌寒く感じる秋のほうが良い。
四季があるからそのように感じる。
虫の音が弱々しくなる頃の季節が好きだ。


新芽

人材

「人は石垣 人は城
      情けは身方 仇は敵」

武田節の一節である。


どの組織も人材が去ったあとが大変だ。
石垣の基礎を怠れば城は崩れやすい。

たいした経験もないのに権威だけは高くなる、知識がないから権力を使うようになる。
すると人はついて来ない。
道理ある現象である。

人材を育てるには、或いは人材に育つには基礎をしっかりと作らねばならない。
あとは人格の問題である。


よい組織は人材が去る前に次の人材を育てている。

加藤清正は築城の名手といわれた。
その訳は基礎が違うと言われている。

ウグイスの籠が

あの頃の隣の住人は小学校教諭をしている若夫婦だった。
親しくなって大台ヶ原へあまご釣りに出かけた。

寝ないで走り、山道を歩き桃の木小屋あたりから釣り上がった。
帰りだった。
川沿いから道は左に上っている。

ふと上を見ると道に真新しいウグイスの籠にメジロが2匹入っているではないか。
私はもう一度見直した。


ない。

どういう訳か先ほど見たウグイスの籠がないのである。

ないものがあるように見える。
幻覚であった。

左に上っている道が真っ直ぐに見えたら、谷底に落ちて命を落とす。
おもいきり目が覚めた。

刑務所

何らかの罪を犯した者が罰として更生を含めて入る施設を刑務所という。

インターネットの普及に伴う犯罪や刑の厳罰化に伴い犯罪者数が増えている。
平均刑期も1996年は24.4ヶ月から2005年には29.5ヶ月と長期化している。
外国人の犯罪も1993年から2005年には4倍となり全体の8%となっている。
これらの犯罪者や未決拘留者を収容する拘置所や刑務所が過剰収容となってる。

昨年9月での収容定員数は6万794人に対して受刑者は7万737人に達している。実に収容率は116.4%になる。
独房に2人や6人房に8人収容することもあるようだ。
法務省は受刑者を減らすために「代替刑」の創設を検討しているという。
懲役や禁固以外は社会奉仕命令など、また、再犯を減らすために自立更生の公的支援施設の建設の計画もあるという。

厳罰だけでは犯罪は減らない。
飲酒運転取り締まりをみても明らか!

大事なのは教育ではないだろうか。
繰り返し繰り返し、幼少からの教育が将来を決める。
小さな刑務所が一つあれば充分と言えるような、
将来の日本も人間教育で決まるように思う。

疲労

まだ幼い頃、父は田舎で炭焼きをしていた。

それは三重県の大台ヶ原の麓で大台町になる。
その話は少しながら記憶がある。
たぶん5・6歳の頃だと思う。

その話を聞いて、父と一緒に大台ヶ原に釣りに行った。
桃の木小屋から竿を出す。いくらかの天然あまごが釣れた。
帰りの山道で父が先に降りて誰かを連れてきてほしいと言い出した。
私は走った。
途中、あまごの入った魚籠を樹の根本に置いた。戻った時にと思っていた。

途中で日が暮れた。
私は走った。ただただ走った。

第3発電所から少し下ると自衛隊の人がキャンプをしていた。
私は「助けて下さい」と滑り込んだ。
2人はすぐに行ってくれた。
私はすぐにその場に寝込んでしまった。

そう時間が経たないうちに父は帰ってきた。
トイレをすると良くなったと言う。
住所と名前を聞き、お礼を述べて帰りに着いた。
三重県久居駐屯地の人だった。

この地は疲労から命を落とした人が何人もいる。

青空会

私は小学校の頃、町立の分校に通っていた。

分校は山の中腹にあり、4年生までが通学する。
5年生からは本校に通う。
学校から見下ろすと国道を挟んで櫛田川が流れている。
私の家は四方山に囲まれた櫛田川支流の前に立っていた。
ここから分校まで子供の足で1時間の道のりであった。

毎週月曜日は全生徒が音楽室に集まり「青空会」なるものが開かれた。
青空会は喧嘩をした者、道草などをした者を告発するのである。
私はよく告発された。喧嘩が多かった。
でっち上げはなかったように記憶している。

そうすると午前中は音楽室で立たされる。
2年生の1学期に大阪に引っ越した。
それまでは毎週月曜日は立たされていたような気がする。

それでも月曜日の午後になればすっかり忘れてしまった。
ひとり立たされた時の記憶が強い。

快眠

5年ぐらい前までは年に2回程寝れない時があった。
寝ようと思うほどに目が冴えてくる。

しかたなく酒を飲む。
それでも眠れない。

東の空が明るくなってくる。
いつもその頃になると眠たくなる。
そして目覚ましの音が遠くで聞こえる。

頭がガンガンしている。
辛い1日がはじまる。
精神的なものだったのだろう。

最近は寝れないことはなくなった。
ほとんど目覚まし時計が鳴るまえに起きている。
快眠が続いている。

長春のホテルにて

中国(中華人民共和国)旅行に8人の団を組んだ。

たまたま私が団長になった。
旅行は上海・瀋陽・長春・ハルピン・北京をまわる。
小さな団は小回りがきき良いことが多い。

長春で昼食後、ホテルのロビーで女性団員が何かを探してる。
聞くと、トイレが何処にあるのか分からないと言う。

フロントで漢字を書いてみるが日本の漢字とは違う。
公衆便所に書いてあった字を書いてみたが字が間違っていたようだ。

最後の手段はジェスチャーである。
いろいろやってみたが、すぐに通じたのは、
水道の蛇口をまわす、手を洗う。
これで通じた。

彼女は走った。

バス停にて

今から40年ぐらい前のことである。

私は建設現場にある箱番と言われる簡易事務所の建設及び解体の仕事をしていた。
寮もあったが電車に乗ってバスを乗り継ぎ会社に通っていた。
仕事はかなりの肉体労働、他府県にも出かけた。
まだ19歳にはなっていなかったと思うが煙草は吸っていた。が、酒には何の興味もなかったし飲めなかった。

ある日、仕事が終わってバス停に立っていた。
何となく後ろを見ると赤提灯が見えた。立ち飲みであった。
体が酒を欲求したのか、気が付けば中に入っていた。

カウンター越しに、
「おっちゃん 2級一杯」
グラスを持てばこぼれる。表面張力でグラスの口から酒が盛り上がっている。
口を持っていき、飲み干した。

旨いと思った。

「おっちゃん もう一杯」
「にいちゃん つよいなぁ」

一気だった。

「おおきに」

2級酒は90円だった。
バスに揺られ眠ってしまった。そして終点で起こされた。

あれから40年、酒で失敗したこともない。
飲酒運転も運が良かった。
今はむやみに飲みたいとは思わない。
気のおけない人とゆっくりと飲むのが楽しみになっている。


秘密の場所

かれこれ20年ぐらい前になるだろうか、
天気予報が明日の雨を知らせると有給休暇だ。

西吉野から大台荘駐車場へと向かう、途中、新伯母峰トンネルの手前を右に入り大台ドライブウエーを走るのだが、この辺りは霧が濃く両側の白線が目印となる。
駐車場手前で車を停め、朝まで仮眠するのだが辺りは真っ暗で下からの風が吹き上げて周りの大木に当たり奇妙な音を発する。

ここから登山道を降りること60分、西の谷橋に出会う。この間、大きな岩が二つに割れてその間から湧き水が流れ出ている場所で休憩する。シャクナゲの花が薄暗い山道を照らしているようにも思える。
いつも思うのだが、夜明けと夕暮れ時が良く釣れる。この良き時に我々は歩いている。
この登山道は今は通行止めとなっている。



誰も知らない秘密の場所がある。
本流と支流の出会いは水の流れがなく伏流水となっているが少し入ると十分な水量があり丸々と太ったアマゴが沢山いる。
この辺りは自然林のため餌が豊富に有るため太っている。あまごは釣れたとき、みごとな色合いである。綺麗のひとこと。

テントを持って行ったときもある。粟谷で宿泊したことも、あるいは宮川から上ったこともある。
夜になると川の流れの音がこんなに大きく聞こえるとは知らなかった、辺りが静な証拠である。
大小の星が隙間なく散らばっている。都会の空気は汚れていて見えないだけで本当はこんなに見えるんだ。

環境が良いと何を食べても美味しいと思うし、少々の酒も五臓にしみわたる。
木の枝にハムに刺してコマーシャルを真似て「大きくなるんだぞ」と言いながら火に炙った。

気をつけるべきはテントを張る場合、河原はやめるべきだ。天気は良くても上流で降っている場合もある。谷間が狭いために鉄砲水は特に早い。

また、この辺りは危険極まりない、登山道でさえ多くの人命が亡くなっている。ましてや川沿いである。充分な準備と警戒心に用心が己を救うことになる。

帰りは90分登ることになる。
雨降る大台ヶ原、霧の向こうに愛車が銀色に輝いていた。
何度も一緒に来た相棒は、すでに亡くなっている。

犯罪件数

大阪府警察本部が発信している「安まちメール」がある。
「安まちメール」は、ひったくりや子供の被害など、大阪府警が管轄する地域の犯罪発生情報や犯罪対策情報を携帯電話メールでリアルタイム配信する。

当初は府下全域を受信できるようにしていたが、あまりの多さに居住区周辺にしたがそれでも多い。
現在は居住区のみに設定している。

2月度は路上強盗7名、ひったくり39名を検挙したとあった。

ひったくりは367件、被害者は全体の93%が女性、年齢別では20代が約27%で最も多い、50歳代が19%、被害の半分が午後4時頃から深夜にかけて、

調査の結果、ひったくり防止カバーの活用率は36%で活用効果は100%という。

この種の犯罪者は弱い者を狙う、若者が多い。
現行の制度以外に倫理観や人生の目的感などを教える制度を日常生活を通して考えてもいいのではと思う。

退職

京セラ名誉会長の稲垣和夫氏の退職慰労金が6億円だった。

稲垣氏は京セラを町工場から売り上げ1兆円の大企業に、
46年間も取締役だったことから、「6億円では少なすぎる」との意見もあったという。

稲垣氏は「それで十分、私は仕事を楽しみ社会に貢献してきた」と、
さらに「人間の欲には際限がない。若いベンチャー経営者は損得勘定のみで考えているようにみえるが、それではいけない」
と、稲垣経営哲学。

全額を大学関係に寄付するという。


私の退職金なんて、

信号無視

前をトラックが走っていた。
信号は交差点の直前で赤に変わった。

急いでもいなかったのにアクセルを踏んだ。
同時にパトカーのサイレンが鳴った。

ブレーキをかけていれば間に合ったのに、後悔先に立たず。
結局、自動車学校で1日の講習を受けることに!

あれ以来、黄信号になれば催眠術に掛かったように、
ブレーキを踏んでいる。

晩酌

中国の東北部には「白い酒」がある。
日本の「どぶろく」を想像していたが違った。
無色透明でまろやかな、とても美味しい酒だった。
ただ、55°ある。

毎晩、晩酌はしているが、たしなむ程度である。
あの白い酒が懐かしくなった。

やはり酒は一緒に飲む相手がほしい。できれば志を同じくする同士がよい。

死刑確定

刑事訴訟法には「死刑は確定後6か月以内に執行しなければならない」と定めている。

死刑が確定すると、法務省刑事局総務課が死刑執行命令書を作成し法務大臣が署名すると死刑が執行される。

法務省によると2004年には14名が2005年には11名の死刑が確定した。昨年も7月末現在ですでに11人が確定している。
確定はしているが未執行の被告数は昨年7月末現在で88名となった。

最高裁によると、高裁で死刑判決を受けて上告中の被告は昨年8月現在で50人、高裁で無期懲役の判決を受けたが検察が死刑を求めて上告中の被告も4人いる。

一方法務大臣は、就任直後は事務引き継ぎや懸案事項の把握などがあり、国会開会中は法案の審議に集中しなければならないという理由から「大臣が落ち着いた時期に判断(冤罪ではないのか)するには国会閉会中になる」と法務省は判断する。

法相によっては宗教上の理由から死刑執行命令書の署名を拒み、89年11月から93年3月まで執行はなく、以降一昨年まで毎年執行されてきたという。

世界の国々では、全ての犯罪で死刑を廃止しているのは欧州連合加盟国、オーストラリア、カナダなど88カ国に及ぶ。テロなどを除く通常の犯罪で廃止している国は、アルゼンチン、ブラジルなど11カ国あり、最近10年間死刑を執行せず事実上廃止している国を合わせると128カ国が死刑執行を行っていない。

死刑を続けている国は、アメリカや中国など69カ国ある。アメリカはカリフォルニアやテキサスなどは存続しているがハワイやミシガンなどは廃止している。

死刑判決を受けるような事件の場合、多くの被害者側は極刑を希望する。
仇討ちが禁止されている今日、唯一の思いは極刑しかない。
加害者への思いは死刑でしか晴らすことはできないのである。

しかしながら、冤罪が絶対にないとは言い切ることはできないし、多くの国際社会では死刑が廃止されていることから考えれば終身刑を取り入れることを検討すべきではないだろうか

逃げ出した愛煙家

姪の結婚式で夫婦で東京に行った時のこと。

家内は新幹線のチケットを安く手に入れようと早くから準備していた。
普通席のチケットだった。
東京方面は多く行ったが毎回、座席指定を用意した。かといってグリーン席には乗ったことがない。

指定席を買ったらと言ったが「土曜日だからこれで充分という」
そこで私は「喫煙席やで」と約束させた。

前と後ろに座ることができたが、多くの人が一斉にたばこを吸い出した。
私も吸った。
5分ぐらい経ったら、充満した煙でたまらなくなってきた。後ろを振り返ると妻は鼻にハンカチを当てている。
私は「禁煙席に行こうか」と言った。

禁煙席は空気が旨いと思った。愛煙家の私もあの空気には勝てなかった。
京都で降りる人がいて、二人なかよく座れた。
東京までの間、そんなには吸いたいとは思わなかったが、駅を出るなり吸ったがやはり煙草は旨い。

しかしまた、たばこ税が上った。
私は、ニコチンが少ないとはいえ毎日60本吸っている。
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