知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

願い



天の川を隔てて輝く、 彦星と 織姫が 一年に1度だけ7月7日の七夕に逢うことを許された夜
〈この話は中国から日本に語り伝えられた伝説である〉





『全人類が平和で豊かな生活ができる日が早く来ますように』

願かけて

「包丁一本さらしに巻いて、旅へ出るのも板場の修業」で始まる「月の法善寺横丁」は昭和32年に藤島桓夫さんが歌った。

「こいさんが、わてを初めて法善寺へ連れて来てくれまったのは、〈藤よ志〉に奉公に上がった晩やった。早よう立派な板場はんになりいや言うて、長いこと水掛不動さんにお願いしてくれはりましたなぁ。あの晩から、わては、わては、こいさんが好きになりました。」


水掛不動




石畳の所々に打ち水がしてあった。



自己の確立

私は司馬遼太郎氏の小説が好きである。
東大阪の小坂にある記念館で買った、



「21世紀に生きる君たちへ」  司馬遼太郎


「抜粋」

【 いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。人間というのは、男女とも、たのもしくない人格にみりょくを感じないのである。
もう一度くり返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分に厳しく、相手にはやさしく、とも言った。いたわりという言葉も使った。それらを訓練せよ、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。そして”たのもしい君たち”になっていくのである。】

法のもとの平等

アメリカ大統領の権限は大きい、
米大統領は米中央情報局(CIA)工作員名漏洩事件で、実刑判決が下された元副大統領首席補佐官(56)に対し、有罪評決は尊重するものの収監を免除すると発表した。

米大統領には憲法の下、恩赦や減刑を行う権利がある。
クリントン前大統領の396回やトルーマン元大統領の1913回がある。

法のもとの平等に欠けるのではないかと思うが、どうなんだろうか。

出処進退

「原爆が落とされて長崎は本当に悲惨な目にあったが、あれで済んだんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている」と発言した防衛大臣が自らの発言の責任をとって辞表を提出した。

発言後、野党は罷免要求を、被爆者団体は式典への主席を拒否し抗議の座り込みを行い、与党内部からも非難の声が続出した。
身の処し方を賢明に判断してもらいたいと自発的辞任を求める声が与党からでている。

長崎市長は「被爆者の気持ちなどを軽視するもので、到底容認できるものではない」と直接抗議した。

表向きは責任を取って辞表を提出したことになっているが、本人の謝罪は心からのものとは思えないし、辞めたのではなく辞めざるを得なかったというのがほんとうのところだろう。

非難の声が大きくなると総理官邸に大臣を呼び厳重注意、
かばってばかりの総理、任命権者の責任は問われてしかりではないか。

若き日の想い出

たしか、15の時だった。
担任の先生が作文を書いて持ってくるようにとのことだった。
提出して暫くしてから、この原稿で弁論大会にでるように言われた。

弁論大会といえば自分の主張を机を叩いて訴えること程度しか知らなかった。
見たこともなければ聞いたこともなかったが、出ることにした。
従順というべきなのか怖い物知らずというべきなのか。

講堂に入ると多くの生徒が座っていた。
正面に私の「テーマ」と名前が垂れ幕に書いてある。
「平和    ○○○」

私だけが一年生、他の弁士は全員先輩だった。
すごいヤジが飛んでいる。
足がすくんだ。

私の名前が呼ばれ壇上にあがった。
急に明るくなった。
今までは、生徒の後ろ姿が学生服と頭で黒く見えていたのが壇上では顔が白いので明るく感じたのである。

弁論を始めて暫くしたら足が震えだした、それも縦に震えて止めようとしても止まらない。

終了後、弁士が集まって慰労会があった。
生徒会長が私の原稿をみて、私の原稿に似ていると言っていた。

たぶん、私は無鉄砲なところがあるのだろう。

秘策

考えても考えても良い案が思い浮かばない時がある。
そういう時は時間をおくことにしている。
或いは場所を変えることで案外とまとまる時もある。

時間をおいても耐えず折りに触れて頭に浮かぶ。
今は考えないでおこうと思ってもすぐに浮かんでしまう。

夢を見たことがある。これしかないと言うような立派に思える策戦だった。
夜が明けて俺は何を考えているのだと思った。
たわいもない愚策なのだ。
夢で、見たり思ったことは信用できない。

何事も定石通りが良いとは限らない。
他人が想像できないような秘策が功を奏することがある。

どうなる世界の人口

「世界人口白書」によると、世界の人口は66億1590万人となった。

1位が中国で13億3000万人、2位がインドで11億4000万人、3位がアメリカで3億人、4位はインドネシアで2億3000万人、5位がブラジルで1億9000万人、以下、パキスタン、ロシア、バングラデッシュ、ナイジェリア、日本と続く。
2050年にはインドが15億9270万人でトップになると予想している。

192ヵ国と42の独立地域で人口の少ないのは、
1位がツバルで9000人、2位はナウル共和国で12000人、3位はパラオ共和国で21000人、以下サンマリノ共和国、モナコ公国となっている。

独立地域では、
1位がミッドウエー諸島で40人、2位がピトケアン島で46人、3位がウエーブ島200人、以下ジョンストン島、クリスマス島となっている。

ちなみに、私が生まれた時の日本の人口は7810万人となっている。

コンプライアンス

昨日1459社が一斉に株主総会を開いた。
不祥事に揺れる大手会社は引責辞任や謝罪釈明に追われた。

談合で逮捕者をだした大手建設会社は出入り業者に法令遵守などを定めた誓約書を書かせている。

誓約書自体には何ら問題はないが、
書かせる側がコンプライアンスをどのように理解しているのか知りたいところである。

証言

山口県光市でおきた母子殺人と強姦致死などに問われた(犯行時18歳)の差し戻し控訴審のニュースを見た。

感想を結論から考えるに、あの証言を聞いて「弁護士か」と思うのは私だけだろうか。

被告は本村さんの妻に、自殺した自分の母親の姿を重ね合わせ、「甘えたい思いから抱きついた、母親に嫌われた思い」と供述。殺意や乱暴目的を否認した。
小説「魔界転生」を読んで、死者への性的暴行は復活の儀式だとし、

長女に対しては、
抱こうとしたら頭から落としたと証言し、
ドラえもんには何でも願いをかなえる四次元ポケットがあります。押入れはドラえもんの寝室になっているわけですが押入れに入れることでドラえもんが何とかしてくれると思ったという。


犯罪事実は、最高裁判決が認定している。

気持ちに余裕を持って

大型トラックの運転席は高いところから見下ろす形なので視界は良いように思える。
事故があるたびに工夫が加えられ死角のないように改良されてきた。

ただし、乗用車と比べると車幅も全長も長く重量物を積載しているのでブレーキの効き具合も悪い。

事故が起きるのは考え事をしているときか、急いで気か焦っている時が多いように思う。
焦らずに気持ちに余裕を持っていれば事故の発生率は少ない。
右折れ車を先に譲るのは大型車が多い。

トラック





大型トラック運転席からの視界

吸い殻は灰皿に!

昔は車の中でよく缶コーヒーを飲んだ。
車の灰皿はなるべく使わないようにしていた、明くる日にドアを開けると嫌な臭いがするからが理由だった。

缶コーヒーの中にタバコの吸い殻を入れる癖が付いていた。
ある日、一口飲んだコーヒーの缶にタバコを入れた。
忘れていて思い切りコーヒーを飲んだ。
苦い物が食道を通って胃に入るのが解った。

二回目は考え事をしていて同じ事をしてしまったが口に含んだだけで済んだ。
三回目は口に含んだのを、余りの苦さでそのまま吐き出して服を汚した。

考え事をしていてその後、二回同じ事をしている。
馬鹿な奴なんですね。

共に生きたい

水の流れ














    水の流れるがように、
          留まる事を知らず


    喜のときは、共に喜び
    怒のときは、共に怒り
    悲のときは、共に悲しみ
    楽のときは、共に楽しむ

    感情豊かに共に生きたい

開花し始めたフーラン

開花したフーラン






 開花し始めた
 冨貴蘭

もっと便利に

大阪南部の堺市を走る鉄路は全て南北である。
西から南海本線、阪堺線、南海高野線、JR阪和線、地下鉄御堂筋線、みな南北に走っている。

堺市が計画している次世代型路面電車(LRT)は堺市駅から堺東駅、堺駅、シャープ工場予定地(8.3繊砲氾貔召冒る。
当面は南海堺東駅から南海堺駅間1.7舛鬘横娃隠闇の営業開始に向けて準備しているという。

シャープが新日本製鐵跡地に進出すれば数千人規模となる。
今のところは東西の移動にはバスしかない。

LRTは二酸化炭素の排出量や騒音が少ないといった利点があり環境に良い。

たとえば、私が関西空港に行くには三国ヶ丘から阪和線に、難波近くから南海本線に、或いは東西に走るバスがある。
完成すれば堺東から南海本線も手段の一つである。

ずさんな管理

旧台帳と呼ばれる1950年代までの年金受給手続き記録83万件のうちマイクロフイルム等に保存せずに廃棄していたのが71万件ある。
残りの12万件は記録が残っていないとして紛失した可能性があるという。

なんとずさんな。

廃棄した71万件のうち約20万件は年金支給手続きが行われており、残りの51万件は不明という。

社会保険庁は「永久保存すべき文書で廃棄などは厚生年金保険法違反にあたる」としている。

若い頃、退社した時に母親が年金手帳を貰ってきて引き継ぎの登録をするように言っていたが私はまったく興味がなく忘れてしまっていた。
母は会社と社会保険事務所に行って手続きをした。

今となれば有り難い、
「たかが保険 されど保険」である。

うっかり寒波に

美しい花を咲かし続けたハイビスカス、
今年の冬にベランダから入れるのを忘れ寒波に当たってしまった。
葉は萎れて、しばらくすると色が変わり落ちてしまった。


ハイビスカス


















しばらくの間、外には出さずに部屋の中で育てた。
春になって新芽が出て、
若葉はすくすくと成長した。
見事に蘇生したハイビスカス、また、あの花を咲かせることだろう。

みにくいたぬき

むかしむかし、
ある村に善良な人々と醜い狸が住んでいました。

人々は朝早くから夜遅くまで一生懸命働き、村の外れにある良心寺を心の拠り所としていました。

醜い狸は元々は人間でしたが人々を騙し続けたことから神様が怒って狸にしてしまいました。
それでも醜い狸は反省することもなく人々に謝ることもありませんでした。

人々は仕事の合間に良心寺の庭の草を刈ったり、参道の掃除を誰が言うともなく自主的に行っていました。

醜い狸は夜になると人々の家に忍び込み食べ物を盗んでは良心寺の庭で食し、食べかすを庭にまき散らしました。
人々は今までに何度も醜い狸を捕まえては「悪いことはしないように」と言い聞かせて逃がしてやっていました。
この度も醜い狸は「悪いことはしていない、これは貰った物だ」と嘯きました。

次に醜い狸は男前に化けて若い娘を誑かしました。
やさしい村人達も今度ばかしは許せないと怒って醜い狸を良心寺の大きな楠ノ木にぶら下げました。

夕方から雨が降ってきて醜い狸の体はびしょ濡れになり体温が下がりました。
やがて強い風が吹き、醜い狸の体は時計の振り子のように大きく揺れました。

醜い狸は、
「もう二度と悪いことはしないから許して」と大声で言いましたが誰も来ません。
何度も許しを請いましたが誰も来ません。
そして夜が明ける前に気絶しました。

気がつくと良心寺の庫裡に寝かされていました。
そして和尚さんは醜い狸に食事を与えました。

醜い狸は涙を流して今までの悪事を詫びました。
和尚さんはもう悪いことはしないだろうと思い逃がすことにしました。

自由になった狸は山の上から舌を出しました。
そして隣村でも同じ事をして捕まりました。


皆さんは醜い狸をどのように思いますか!
あなたが和尚さんの立場ならどのようにしますか!


三重石塔

あれは2005年10月24日だった。
名神八日市インターから、夜が明けてまもなく石塔寺に着いた。
宵に雨が降ったのか道が濡れている。

司馬遼太郎氏が書いている階段はすぐに分かった。
ゆっくりと上ると、しだいに石塔の上部が見えた。何という大きなものか。今までに見たことのない異様な佇まいが眼に焼きついた。


三重石塔












滋賀県蒲生郡蒲生町附近には、百済から700人余りの渡来の人が蒲生野に居住したと伝えられている。
祖国を偲んで建立したと伝えられる日本で最大にして最古の阿育王塔と呼ばれる三重石塔がある。

三重石塔のまわりは「ひと目三万体」と言われる五輪石塔や石仏で埋めつくされている。
石塔寺は創建されたときには本願成就寺と言われていたが三重石塔が見つかってから石塔寺と改められた。

冨貴蘭

花芽がでた冨貴蘭




フーラン

プレゼント

今日は父の日だった。
娘達がそれぞれプレゼントを持ってやってきた。

姉は焼酎サーバーを、
飲み過ぎないようにしなければ、


焼酎












妹は風呂上がりに着るようなもの、入れ物袋と扇子が付いている。
袋を提げて温泉に行かなくては、

毎年、ありがとう。
大事に使うよ。

男爵薯

   男爵の取り入れ


男爵












   

   プチトマト


トマト

自主的に

何か事を起こす場合、最初は一人から始まるものだ。
熱意を持って人に話せば。ねずみ算式に同じ志を持つ人が増えていくものだ。

私利私欲に走れば同士は増えない。
なぜなら人は基本的に賢いからだ。
一時的に騙されても何処かで気づくものである。

一人から始まった熱意が多数の熱意に変わり小さな組織を変えてやがて国おも変えた歴史がある。
人権という言葉さえなかった時代があった。
人権がいかに大切なものか解ると支配抑圧された社会から人々の解放を唱え、自由を謳い、自主を叫ぶリーダーは必ず現れるものである。

崩れ去ることのないのは、正しい教義と誰人も救済に導こうとする熱意であると信じて疑わない。

はつらつとした人生を

今朝のテレビで100歳の誕生日を迎えた幼稚園の園長が紹介された。
52歳の時に開園して以来園長を務めてきた。

元気はつらつで、今も園児達に遊戯を教えている。
子供の成長を見守るのが楽しみらしく、眼が輝いている。

長生きは食生活や生活環境もあるとは思うが、何と言っても平和な環境で物事を考えることが大切だと思う。

趣味のない人や頭を使わない人は老いるのが早いように思う。
何でもいいから生き甲斐のもてる生活をすべきと実感する。
特に、何らかの形で頭を使っている人は年はとってもはつらつとしている。

「かわいいおばあさん」や「お洒落で優しいおじいさん」は見ていても心がうきうきとするものである。

運転免許を取得して

16歳の時に単車の運転免許証を取得して以来、
普通免許、大型免許、けん引免許を取った。

けん引き免許は職業に将来的な心配があったからだ。
が、けん引き免許は使うことはなかった。

会社が倒産した時も再建させた。
赤字続きの時も企業とよく話し合い現在に至っている。

それは労働組合がしっかりしていたからである。
リーダーがよければ周りもしっかりしてくる。
そして、いつしか私は労働組合のスタッフの一員として労働運動の道を歩むことになっていった。

ストライキの先頭に立って闘ったこともある。
暴力団に睨まれたこともあり、警察のリストに載ったこともある。
逮捕された青年の母親に運動の理を説いたこともある。
賃金が支払われなくて相談に来た多くの外国人労働者、外国人の労災適用を拒んだ経営者との対応など、日本で働く外国人労働者の要求も解決させた。

そして私達の、
労働条件などは守られなかったことはない。

『くさりの頭はくさりのしっぽ、くさりのしっぽはくさりの頭』
記事検索
おきてがみ
blogram
blogramによるブログ分析
足あとを残せます。
後ほど訪問致します☆
Archives
  • ライブドアブログ