知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

アサリの煮汁

私が作るカレーライスは評判がよい。

作り方は、
多少材料代は高く付くが、まずアサリをフライパンにバターを入れて炒める。
最近は貝殻は取っているがそのままでもよい、
問題はその煮汁を大切に使うのがミソだ。

エビは必ず背わたをとること。ジャガイモ、ニンジン、たまねぎ等は予め炒めておく、ダシは鰹節がよいように思っている。
中火である程度煮立ってきたらアサリの煮汁を入れる。

カレー粉はブレンドが良い。
せっかく美味しいカレーが出来ても口の中でジャリと音がすれば美味しさが半減する。
アサリの砂抜きは丁寧にしておくこと。
貝柱も良い、忘れてはならないのが茸類だが私はマイタケがカレーには合うと思っている。

胴体着陸

昨日9時頃、伊丹発高知行き全日空1603便が高知空港に着陸しようとしたが前脚が出なくて胴体着陸した。

ボンバルディアDHC8−Q400型機はジェット機並の高性能でYS11と比べて低騒音・低燃費で地方路線を中心に22機が就航している。

Q400型機は車輪などのトラブルが多発していたという。
それにしても60名の乗客乗員に何事もなくてよかった。

一方、愛媛県の宇和島湾に迷い込んだ鯨を救おうとした漁船が転覆して1人が亡くなった。
何ともいえない事故が起きた。

春の雪

北陸から北海道まで雪が降っている。
東北は太平洋側でも降雪があると報道された。

38豪雪を思い出す。
私が住んでいた大阪南部でも3月に30僂阿蕕だ僂發辰拭

記憶が定かではないが昭和38年3月16日から17日にかけて奈良県から三重県に入る国道166号線の高見峠を越えた。
今はトンネルが出来ているが当時はつずら折れの山道を自転車を押して登り三重県側へと抜けた。
自転車を提げると腰まで雪のなかに入る。靴が脱げても解らなかった。

15歳の春のできごと、なつかしい。

差し戻し判決

1999年山口県光市で、主婦(23)と長女(11カ月)を殺害したとして殺人罪などに問われた元少年(25)に対し、最高裁第三小法廷は2006年6月20日に無期懲役とした広島高裁判決を破棄し差し戻す判決を言い渡した。

上告した検察側は「残虐な犯行で、死刑の適用を回避すべき特段の事情は認められず、無期懲役の二審判決を破棄しなければ著しく正義に反する」と量刑不当を主張していた。
弁護側は「一、二審が認定した殺害方法は、遺体の鑑定書からみて事実誤認があり、傷害致死罪などだけが成立する」と主張し殺意を否認していた。




陵辱とは女性を力ずくで犯すこと。

1999年4月14日午後2時過ぎ、山口県光市の社宅アパートに排水検査を装った少年が婦女暴行目的で居間にいた主婦(23歳)の背後から抱きつき仰向けに引き倒して馬乗りになり強姦しようとしたが主婦が大声を出して激しく抵抗したために殺害した上で目的を遂げようと馬乗りになった状態で首を絞め窒息死させ殺害したのち遺体を陵辱した。
さらに、長女(11ヶ月)が母親の遺体の近くで激しく泣き叫んだため付近の住民に犯行が発覚することを恐れ、床に叩きつけ紐で首を絞めて窒息死させて殺害し遺体を押入に隠した。

山口地裁は、2000年3月22日、少年に対して無期懲役を言い渡した。

罪となるべき事実は上記にあわせて、
主婦の現金約300円及び地域振興券6枚(額面計約6000円)など在中の財布1個(時価計17700円)を窃取した。

量刑の理由
1.本件は、被告人が排水検査を装って被害者ら方を訪問し、同所において主婦を乱暴しようとするも、激しい抵抗にあったことから、同女殺害して乱暴しようと考えて同女を殺害して乱暴した上、その傍らで泣き叫んでいた生後11か月の乳児を殺害し、右主婦の管理にかかる財布等を窃取したという事案である。被告は、公判で、被害者方を訪問するまでは強姦する意志はなかったと供述するが、不自然かつ不合理であり採用できない。
2.被告人は、自己の性欲の赴くままに判示第1の犯行に及び、その傍で泣き叫んでいた乳児を右犯行の発覚を免れるためなどの理由で判示第2の犯行に及んだものであり、誠に身勝手かつ自己中心的なその犯行動機に酌量の余地は全くない。
そして、その犯行態様は、極めて冷酷かつ残忍であり、非人間的行為であるといわざるを得ない。また、被告人は犯行後その発覚を遅らせるために、遺体を隠匿したり、罪障隠滅のため自己の指紋の付いた物品を投棄したり、窃盗した地域振興券を使用する等犯行後の情状極めて悪い。
他方、本件各犯行当時、被害主婦は23歳の若さ、被害児はわずか生後11か月であり、何らの落ち度もなく、幸福な家庭を築いていた被害者らの無念さは筆舌に尽くし難いものであり、遺族が本件各犯行によって被った悲嘆、怒り、絶望感は察するに余りある。当公判廷において証言した右主婦の夫及び実母がいずれもこぞって峻烈な被害感情を表し、被告人を死刑に処してほしいと強く要求しているのは、至極当然であるところ、これに対し、慰藉の措置は全く講じられていない。
さらに、本件各犯行は、平日の白昼に集合団地の一室で発生した凄惨な事件であって、マスコミにも「光市母子殺人事件」として大きく取り上げられ、近隣住民に与えた恐怖感や、一般社会に与えた不安感、衝撃は計り知れないものがある。
3.しかし、83年7月8日の最高裁第2小法廷判決が示したところに従って本件を検討すると、殺害は事前に周到に計画されたものでなく、被告には前科がなく犯罪的傾向が顕著であるとはいえない。当時18歳と30日の少年であり、内面が未熟で発育途上にある。被告の実母が中学時代に自殺したなど、家庭環境が不遇で生育環境に同情すべきものがあり、それが件の犯行に至るような性格、行動傾向の形成に影響した面が否定できない。加えて、捜査段階で一貫して犯行を認めており、公判廷で示した遺族に対する謝罪の言葉は必ずしも十分とは言いがたいが、被告人質問や最終陳述の際に被害者らに思いを致し、涙を浮かべた様子からすると、一応の反省の情の表れと評価できる。被告にはなお人間性の一端が残っており、矯正教育による改善更生の可能性がないとは言いがたい。
4.以上によれば、本件はまことに重大悪質な事案ではあるが、罪刑の均衡、一般予防の見地からも極刑がやむを得ないとまではいえず、被告には無期懲役をもって、矯正による罪の償いをさせるのが相当である。



広島高裁は、2002年3月14日、無期懲役の一審山口地裁判決を支持し検察側控訴を棄却した。

判決は、「動機は自己中心的で卑劣。犯行態様も冷酷で残虐」としたが「殺害には計画性はなかった」と判断し「被告なりの反省の情が芽生えているとした一審判決が誤りとまではいえない」と結論付けた。



最高裁判所は、2006年6月20日、無期懲役の判決を取り消し、審理を高裁に差し戻した。

「元少年が、反省を深めていると認めることは困難で、殺害に計画性がないことは死刑を回避するような事情と評価するには足りない」と判断し、その上で「当時、18歳になって間もないことが死刑を回避すべき決定的な事情とは言えず、審理をやり直さなければ著しく正義に反する」などとした。



被害者の夫は、「彼には死をもって償うしか自ら犯した罪を償う術はないというふうに私は考えてます。少年が反省するということと、犯した罪を受けるという事はまったく別の問題だというふうに考えています。反省をすれば罪が軽くなるという論理が通るのであれば、すべての罪は許されてしまいますので、私はそうではないと思っています」と語った。


大阪市浪速区のマンションで昨年11月、姉妹が殺害された事件で、強盗殺人や強盗強姦などの罪に問われた無職の被告(22)は「事実に間違いはありません」と起訴事実を認めた。

いずれも極めて冷酷かつ残忍であり、非人間的行為である。身勝手かつ自己中心的なその犯行動機に酌量の余地は全くない。
極刑をしてもなお許されるものではない。
殺害された被害者はものを言わない。
罪刑均衡は司法の根幹だ。
罪と罰のバランス感覚が国民と共有できる司法判断であってほしい。

平和の礎

糸満市摩文仁の平和記念公園にはたしか3回行っている記憶がある。

沖縄戦の最後の激戦地、摩文仁(まぶに)の平和祈念公園内に、太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して建設された。

波のうねりのように建てられている「平和の礎」には、軍人や民間人、そして、国籍の区別なく、沖縄戦で亡くなられたすべての人々の氏名が刻まれている。
刻銘数は24万人を超えている。


戦後60年、過重な米軍基地負担の軽減など基地問題の解決が求められる。

カメラは!

私が携帯電話を持ったのは1990年代初めだったように記憶している。
当時は高かったこともあり、あまり普及していなかった。
有り難いと思ったのは高速道路と土砂降りの雨の日だった。

妻は携帯電話を持っているが余り使わない。
新しい型に変えてやった。


カメラやテレビ電話・赤外線通信などが付いていて戸惑っている。
あんがいと使えば慣れるものである。
何事もチャレンジが大事である。

母の像

三重県上野城公園内にある


母の像


 『母の像』

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余呉湖

10代の頃、水上勉の小説を読んで滋賀県の余呉へ友と行ったことがある。
当時はカメラに熱中していた。
余呉の駅は小さかった。
改札を出ると雪であたり一面真っ白だった。
正面には賤ヶ岳があり山裾右下には民家が見える。
我々は写真を撮りながら余呉湖を一周した。

余呉湖


あの頃は社会のしくみなど何も知らない真っ白な青年だった。
いや、少年かも。

誰でも年をとれば経験もするし学習もする。
できることなら何も知らないで人生を送ることができれば良いかもしれない。
しかし、人間は知識を身につけなければこの世の中では生きてはいけない。
使わないことでも知っていて損はない。

あとは知ったことをどう使うかが大事だ。
人のために、民主主義のために。
もっと言えば人間の尊厳のために

ハイ、チップ

古い話だが初めての海外だった。

ひとりだった。
入管審査が終わり出て行くと空港職員らしき人がパスポートを求め
「どこ行きますか」 
日本語だった。

表に友人が待ってると言った。
「放送してあげます」と、 
止めるひまもなかった。

私を迎えに来ているのはMさんという女性、顔も年も知らない。
「はい 3000円」 男は表までカバンを運んだ。
ずいぶん長い時間さがしたがMさんは見あたらない。

男は「タクシー」と言った。
「はい タクシー2000円 チップ2000円」

ホテルまで距離があるから2000円は安いと思うがチップは腑におちない。
まいいか 「壕には入れば壕に従え」だ。

咲いていた

今朝、白木蓮が咲いているのを観た。

ハクモクレン

毎年通勤途中で観るが今年は暖冬で早く咲いたようだ。
中国が原産で漢名を玉蘭と云う。

写真は2005年4月6日に撮影したもの

支払われた賃金

日本で働く外国人労働者から給料を支払って貰えないと相談が飛び込んできた。

彼はフィリッピンから来て中堅建設会社の曾孫受けで働いていたが3ヶ月に渡って86万円の未払い賃金があり、刻銘に記帳していた。

私は社長に会うため午後11時まで待った。そして3回に分けて支払うよう文章をこしらえて署名捺印させた。
しかし、約束の日が来ても振り込みはなかった。
再度行くと社長は怖かったので書いたと言うではないか、私は再度約束させた。しかし、その約束もまたもや破られた。
3度目は奥さんに合わせと迫ったが彼は必ず支払うと言うのでとりあえず帰ることにした。
そして、送られてきた金額は2万円であった。

私は元請けに行き事情を話し、建設業法に違反していることを指摘した。
話は早かった。
下請けの社長も来ていた。元請けは各部長が3人も来た。下請けの社長は84万円を支払った。
恰幅のいい社長だったが不服そうな顔をしていた。
当然ではあるが孫請けには契約どうりの支払いをしている。
その上に曾孫受けが支払わなかった賃金を支払うのだから、
それでも元請けの手前支払わないわけにはいかない。

彼はすでにオーバーステーだった。賃金が支払われなかっても訴えるところがなかった。

分水嶺

分水嶺とは雨水が異なる方向に流れることをいう。
山岳地帯では山稜が境界になるので分水嶺と名付けられた。
水系の境界である。
自然の場合、地震、強い風等によって水系が変わる場合がある。

人生にも分水嶺がある。
この場合、転向という言葉が適当なのだろうか。

長年信じていたことに疑念、疑惑、疑問を感じるところから始まる。
正邪を判断する場合、物差しが必要になる。
物差しが正確でない場合は結果を誤ることになる。

ことが生活に直結している場合はなおさらである。
早い機会に大悟すことが肝要だ。

言葉

良い言葉を聞いた。

自分の心に畑を作れ

しっかり耕して、種をまく。
水をやり、肥料を伏してりっぱに育てる。

実ったものは皆にわけてやる。
分けると言うことは人のやくに立つと云うこと。

保育園児

保育園児

保育園の参観に行って感じた。
家では気ままに過ごしている子供も団体では従順になる。








それでも小さい子供は大変だ。
微熱を出して寝ている子供もいる。
なかなか食事が終わらない子や自由気ままな行動をする子供もいる。

よほど子供が好きでないとこの仕事はできない。

劣化ウラン弾

恐るべき放射性廃棄物劣化ウラン、
アメリカには大量に貯蔵されている。
これらの廃棄には莫大な費用が要る。

91年の湾岸戦争に劣化ウラン弾が大量に使用された。
結果、イラクでは被爆した人たちにようって枯れ葉剤同様奇形児が誕生している。

アメリカ帰還兵も同じだ。
イラクに入った22万人のうち69%に被害が出ているという。
アメリカ政府はこれら因果関係を認めていない。

その後、95年のボスニア、99年のコソボ、そしてアフガン、イラクと劣化ウラン弾は使われた。
今回のイラクでは湾岸当時の5倍の量が使われたという。

五右衛門風呂

小学校に入った頃の私の仕事は、やぎの餌を取りに行くことと乳絞りであった。

もう一つは、家の前の川から風呂に水をくむこと、
前の川と言っても川までは急な坂道となっていてバケツでの作業だ。
もちろん燃料は山からとってきた枯れ木である。

あの頃のことを思えば今の風呂は、
蛇口をひねれば水が出る。ボタンひとつでお湯がわく。
火吹き棒なんて最近は見ることもない、なつかしいもの。

風呂に入るときは「げす」なるものを底にはめる。木の板である。子供の力では浮力があってはめられない。
みんな懐かしい思い出。

最近は携帯電話で、
保育園の子供の様子を見たり、ペットの様子を見たり、
また、風呂を沸かすこともできると聞いた。

前事不忘 後事之師

『前事忘れざるは後事の師』  −前事不忘、後事之師−

前事とは過去のこと、昔のこと。
中国の南京大屠殺記念館には大きく書かれている。

過去のあやまちを教訓としなければ、同じあやまちを二度も三度も起こしかねない。
あやまちをあやまちと認めなければ、個人であれ組織であれ、躍進はありえない。

この記念館で生存者二人から当時の体験談を聞いた。
今は年配者だが、二人はまだ子供の頃のはなし。
聞くに堪えない話で36名の団員の顔は真剣そのものだった。

魯迅に想う

訪中に際して、魯迅について調べたが現地ではついに話す機会がなかった。

本名:周樹人 1881年江南の紹興で生まれる。
1902年官費留学生として来日、仙台の医学校に入学する。
が、見た映画で、日本兵に処刑される中国人、それを見た中国人が何の表情もないことに衝撃を受け、祖国を救うのは医学ではなく、改造すべきは中国人の精神ではないかと。

そして東京に戻り文学を志す。留学生活を終えて帰国した魯迅は、故郷で教鞭を執っている時に、辛亥革命が起き清朝が倒れる。魯迅も革命運動に新しい時代を築くために努力する。
日本が内政干渉したことへの政府の対応に抗議した市民や学生に軍が発砲し47名の死者がでた。1926年の3.18事件だ。

魯迅

「もし、かくのごとき青年を殺し尽くしたとするも、屠殺者もまた断じて勝利者とはなり得ぬことを知らねばならぬ。中国は、愛国者の滅亡とともに滅亡するであろう」(魯迅評論集)
政府は体制を揺るがす危険分子として指名手配した。
魯迅には敵が多かった。
本当の敵は人を抑圧するものであり、誰でも持っている愚かさだった。
愚かさを自覚していない者、自覚していても改めない者は敵になった。



それが革命であれ、何であれ、自分と同士は守らなければならない。
こころざし半ばで倒されてはならない。時には敵に協力することも必要だが戦略的でなければならない。

いずれにしても、悪が栄えた歴史はない。
人生は短い、民衆から慕われる闘いは英知と行動力が要求される。

首飾り

フィリピンで自分より少し若い男性から着けていた首飾りを貰ったことがある。
ルソン島中部地域だった。
大事にしていたと思う、伝統あるものと言っていた。

私も若い韓国人男性に着けていた総絞りのネクタイをあげたことがある。

プレゼントはいろいろあるが身につけているものを貰えば忘れない。

子育て

子供

子供を育てる母親は様々、良いお母さんもいれば悪いお母さんもいる。

自分が産み育てた我が子を殺すようなニュースがあった。
模範になるようなお母さんは特には紹介されない。



四六時中、怒っていても、昼食を作ってくれなくても幼い子供は何とも思っていないようだ。
いくら怒られてもお母さんには飼い犬のように服従する。
子供は母親の傍がよいのである。

子供の教育は難しい。
叱り方、褒め方はタイミングを間違ってはならない。

親はなくても子は育つとは言うが、
できることなら、よい子に育てたいのは誰しも同じ。

やはり、「親の心 子知らず」は科学がいくら発達しても同じか。

むやみに物を与えるのは考え物だ。
我慢することも教えなければいけない。

ただ、言いたいことは充分に聞いてやらなければいけない。

叱られる

最近の建設現場は地域住民との約束事が多い。
作業時間や騒音、資材納入の時間帯や車両時速など、当然にガードマンの需要も多くなる。

高齢者が多い中で若い女性ガードマンがいる。
ある建設現場で13時を廻って走ってきて、
昼礼に間に合わない、「怒られる」と言っていた。
「出ても意味がない」とも言っていた。
遠くへ昼食に行ったのだろうか、私に食事は何処でするのかと聞いていた。


若い女性のドライバーも鉄筋工もいた、最近はいろいろな業種に女性が活躍している。

氷まつり

瀋陽から長春に、長春からハルピンまで電車に乗ったが、
とにかく遅い感じがする。
食堂車で食事をしていればこの速度でいいんだと思う。

が、時間がゆっくりと流れているような気持ちにもなってくる。


中国のハルピンは、9月初旬でも長袖のシャツを着ていても朝は肌寒い。
ホテルは二重窓になっており、冬の寒さはある程度想像できる。
6時に起きて散歩してみた。

ハルビン市では、毎年恒例の氷祭りが開催され夜空を彩る花火と幻想的な氷の世界となる。
1985年から始まった。

東京ドームおよそ6個分28万平方辰良瀉呂砲蓮氷の滑り台や実物大の建物が作られていて訪れた人たちは実際に氷に触れることができる。
会場には氷でできた万里の長城やロシアの赤の広場の彫刻も展示されたことがある。

これらの氷は松花江から切り出すとの説明を受けた。
あの松花江が凍るとはとても信じられないような川幅だ。

真冬に行ってみたいような気もするが、あまりにも寒いからいいかとも思う。

正義の人は

世の中には矛盾というものがある。
どの分野にもどの地域にもどの団体にもある。
多かれ少なかれある。

また、正と邪がある.
邪に立ち向かう者は臆病であってはならない。
なぜなら邪の方が恐れているからである。

勇敢に闘わなければならない、英知を出し合って。

ほとんどの場合、表にでるのは内部告発である。

覚悟の人

長い人生のうちには何度かは決断の時がある。
自分の人生が変わる時の決断もある。

すべて自己責任で決断しなければならない。
中途半端な決断なら最初から違う方法をとるべきである。

一端決断したことはどんなことがあっても覚悟の人でなければいけない。
手段はいろいろあるが目的は1つだ。
目的のための覚悟ができていなければ失敗する確率が高い。

失敗の許されない決断であれば、絶対に覚悟の人でなければ成功しない。

左伝

『安きに居りて危うきを思う』  −居安思危−

春秋左氏伝(左伝)は春秋時代の歴史書であり、そのなかに、
『安きに居りて危うきを思う。思えば則ち備えあり、備えあれば患いなし』とある。

安泰な時こそ、気持ちを引き締めて将来の為に備えなければならない。
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