知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

歓喜をあじわう人生

昨年度は32.155人が自殺した。

本年3月に財政再建団体に認定された夕張市の人口が12.552人
大阪府内の市町村で一番人口の少ない千早赤阪村は6.732人

いかに自殺者の数字が大きいかわかる。

毎年のように30.000人を超えている。

思い余ってのこと、とは思うが、
よき友達や信頼できる人をもって、何事でも相談できる人を一人つくって、
この世の人生を謳歌してもらいたい。

誰人も人生辛いことばかりではない。
心が躍動するような歓喜をあじわうこともある。

まだまだ子供

招かれざる客としてやってきたリーヤはすっかり我が家の住人となってしまった。
足音は聞き分けるし階段を下りれば鳴いて呼びつける。

食事は餌の上に煮たキャベツを乗せて与えるが好物なのかキャベツを選って食べている。
そこで生の大根を短冊にして与えると喜んで食べた。
以来、時々与えている。

よるの9時からはリーヤにとってはゴールデンタイムである。
自由に部屋の中を走り回ることができる。

散歩は私が敬遠している。
以前、散歩に出たときに小学生が真っ白なセントバーナードを連れて行き違った。
あれ以来、散歩恐怖症になっている。

急がばまわれ!

先日、私が右側斜線を走行中に左側をかなりのスピードですり抜けた単車が右に車線変更した車に追突した。

単車は横転して何もなかったかのように起き上がったが単車の運転手に落ち度がある。

今日は三叉路の交差点で右折れの単車が信号無視をした。
次の信号でも赤信号を無視して行ってしまった。

本人は注意しながら行っているのだろうが、このような癖がつくといずれ事故を起こす。

単車は安定が悪いから死亡事故にもつながる。
若い女性も平気で信号無視をする。
事故を起こせば取り返しがつかないし、慌てた時間は取り戻せない。

「急がばまわれ」は今も生きている。
エコドライブが環境にも良いし事故にもつながににくい。

天守閣

大阪城


















       〈 西の丸庭園から見た天守閣 〉 


上町大地に豊臣秀吉が築城し大阪冬の陣や大阪夏の陣の舞台になった史跡である大阪城は付近に高層ビルが建ち並び生駒山からも見るのが困難になっている。

何事もガラス張りに!

ある学校に、学校の対応が悪ければ授業をボイコットしたり職員室に押しかける生徒を集めたクラスがあるとする。

よく学校ともめていた。
担任の先生の出来も悪い。
そこで校長先生がなかに入り新しいルールを作って職員会議に提案した。
生徒たちは喜んだ。
そして職員室に押しかけたりしなくなった。

学校は「このクラスを指導したのは担任だった」と教育委員会に報告した。
クラスの生徒達は激怒し教育委員会や保護者、社会に訴えるようになった。

事実を隠して治めるのは間違っている。
秩序は大切だ。

組織には多かれ少なかれ事実を隠すことがある。
度を超えれば内部から崩壊の道を歩むことになる。
きっかけは内部告発から始まる。

やはり言葉が!

何事も初めての時は不安がある。
フィリピンはマニラでの国際会議に参加するためにパスポートを取得した。
15年前の4月から5月にかけてのことだった。

マニラ経由バンコク行きの機内でスチュワデスが飲み物を持ってきたときに、私は「ビール」と注文したが「ビア」と言葉が返ってきた。
そういえばビアホールと言うではないか。
私は「ビール」は英語だと信じていたのだ。

入国審査は簡単に済んだが空港に出たところで迎えにきた通訳の人と会えずにタクシーに乗ってホテルに向かった。

うかつにタクシーを利用して殺された人や身ぐるみ剥がされた人もいることを聞いていたから不安ではあったが仕方がなかった。




マニラ

相乗りしていた人が下車してからタクシーの冷房が故障した、運転手は車をチエンジすると言い、遠くに空港は見えていたが寂しい倉庫のようなところで生きた気がしなかった。



私の勘違いでホテルは空港より南にあると思っていた、左にマニラ湾が見えたが当時はラグナ湖だと信じていた。マニラ湾と解ったら飛び降りていただろう。


無事にホテルに着いたのでチップを奮発した。
ところがホテルのフロントで日本語が通じない。途方に暮れるしかなかった。
そこに若い男性が来て何やら話をしている、手に持っている書類を覗くと下の方に私の名前があるではないか。

私は彼の肩をたたき書類にある名前を指さしてから自分の鼻を指さした。彼は「ジョージ」だと名乗った。
日が暮れて通訳から電話があり、マニラにあるホテルに電話をしまくったこと、バンコクの空港にも電話をしたことなどを語った。
申し訳ない気持ちで一杯になった。まだ若い女性通訳者だった。

明朝早く眼がさめて時間調整してからホテルのレストランに向かったがメニューは英語で注文ができない。
いま思えば初めて一人で行く海外はおもしろい。

大露天風呂

思い立って阪和自動車道を南下、南部で国道42号線に入り白浜を過ぎたあたりから国道311号線に入る別名「熊野ロマン街道」と言う。

17年ぐらい前に行ったことのある露天風呂にもう一度行ってみたかった。
311号線は車幅が狭く田辺からでもかなりの時間がかかったのを覚えている。
たしかトンネルを抜けてすぐの左側にあったのを記憶している。

国道は整備され殆どが広くなっていて通行に神経を使うことなく緑に囲まれて気分がよかった。

記憶通り大露天風呂はあった、わたらせ温泉である。
入湯料700円、タオル100円、一の湯から五の湯まである。
二の湯と三の湯には舞い落ちた枯れ葉が5枚6枚と浮いている。
5の湯は少し湯温が低い。
それぞれの岩風呂には湯ノ花が結晶になって、いかにも温泉を自称している。
足を伸ばして上を見ると四方は山に囲まれ上空にトンビが舞っていた。
山はまだ新芽の緑が残っていて吹き下ろしの風が清々しい。
平日の昼下がり、ほとんど貸し切り状態であった。



熊野古道は八神神社から熊野本宮まで国道311号線と交差しながら続いている。

熊野古道




〈写真は熊野古道牛馬童子あたり〉





帰りは本宮に出て十津川温泉から谷瀬の吊り橋を左に見て、天辻峠の道の駅でしばしの休憩をする。
西吉野から自宅に戻った、約8時間余り320舛旅堋だった。

人格

訪問介護の事業所で不正請求や虚偽申告があったことが明かになった。
過去にも医療報酬に関する不正請求があったこともある。

不正はなくならない。
早くから問題視されていた談合しかりである。

どのような組織にも不正があると言えるのかも知れないが、不正を見てきた経験から不正のない組織を作ろうと努力している組織もある。

不正が出来ないように策をこうじることは必要だが万全ではない。
なぜなら、これは人の心の問題であり、人格の問題だからだ。

緊張して

裁判所に証人として出廷したことがある。
はじめに「嘘いつわりをいわないこと」を宣誓して始まる。

主尋問は弁護士と打ち合わせを行うから良いのだが反対尋問は何を聞かれるのかわからいから緊張する。
それでなくても裁判所の雰囲気は労働委員会とは全く違う。
傍聴席も満席だった。

裁判所は被告人としても立ったことがある。
破廉恥な行為をして被告人となるのは恥ずかしいことだが私の場合は労働運動で事件とされた。

労働委員会では何度となく証人席に座っている。
最初は誰もが緊張する。

肥料は大事

散水ホースが破れたので買いに行った。
最近はいろいろな型が安く販売されている。
ホースは細くなり軽い。

ついでに植物の肥料を買い求めた。
成分は天然原料を圧縮しチッソ4、リン酸5,カリ1の割合になっている。

植物は太陽光・水・土壌を適切に調和させた時は順調に成長する。
調和がとれていなければ悲しい結果となる。

地球温暖化の波も植物に大きな影響を及ぼす。

瀋陽にて

二度目の中華人民共和国は中国東北部を訪問した。

友好訪中団の団長として上海から瀋陽、撫順、長春、ハルピンを廻り北京まで名所、旧跡また旧日本軍の侵略の爪跡を検証し各都市の代表と交流を重ねてきた。

南京から空路瀋陽へ、このホテルはその昔、「大和ホテル」と呼ばれていた格調高い立派な建物だった。
申し訳なく思ったのは団員の部屋は狭いが私の部屋は執務室があり寝室も広かった。

尊敬する人

注文していた本が昨年の6月11日に届いている。
周恩来伝 上・下だ。

未公開資料に基づく「人民の総理」 周恩来の詳細な伝記
この伝記の主な資料は保存されている数万点にのぼる草稿、電報、書簡、談話記録や会議記録の他、婦人が保存していた往年の日記、作文、手紙など各種新聞、刊行物に掲載された記事や当事者の回想などが資料となっている。

尊敬する一人、詳しく知りたい気持ちから高価ではあったが購入した。
激動の時代、NO2に徹した人。

生き方に感動をおぼえ共鳴する。
まだ読めていない。

有能な警察官でも!

枚方市発注の第2清掃工場建設工事を巡る官製談合事件で大阪府警捜査2課警部補(47歳)がなぜこのようなことになったのだろうか。

和歌山県橋本署の警部補が同僚の女性宅に酒を飲んで行ったのとは同一視できない。
ある人は言う、
ローンか博打或いは女か、単なるその時の出来心ではないだろう。と

逮捕された副市長は建設検討委員会の委員長で工事の実質責任者であった。
「談合や汚職の捜査のプロに指導してもらえば盤石」と考えた副市長は一連の経緯などを細かく説明したという。

捜査の経験から自信があったのかも知れないが悪事は長くは続かない。
働き盛りの有能な幹部警察官でも、
お金も悪魔の一種と云わざるを得ない。

お酒と同じように使い方を間違えれば人生を誤らせる。

男の人生いかにあるべきか、
歴史から学ぶのが正論だと信じている。



鍛える

石川県出身の同僚がいた。
彼は真冬でも上着の下は肌着一枚しか着ていなかった。

私は肌着の上にシャツを着てその上にセーターを着てさらにもう一枚着ていた。
ある日に彼の真似をしてみた。

すぐに風邪を引ひいた。
若い頃の薄着は悪くはないと思うが徐々に体を慣らしていかないと体が順応しない。

裸で遊ぶ幼稚園をテレビで見たような気がするが、元気に遊ぶ園児は気持ちが良い。
寒いのを我慢するのは良くないが薄着で生活できるように体を鍛えるのは良いのではないだろうか。

寒くなる前から始めなければ間にあわないだろう。

泣かされて

中学校卒業時のアルバムが出てきた。
表紙を開けるとメッセージが書かれていた。


○○君、卒業おめでとう
見ちがえる程 まじめになってくれて、僕は嬉しい。
よくやったと叫びたいような気がする。
忘れられない人の一人だ。
                  ○○○○



そういえば確かに学生時代は悪かった。
何度、母親を泣かせたことか!

そして今は子供に泣かされている。


体を温めて

紀伊半島には多くの温泉がある。泉質もいろいろだ。

頻繁に渓流つりをしていたころ、初期は放流されたあまごを釣り、5月に入れば天然あまごを求めて源流近くまで釣り歩く。
初期の放流釣りは気温も低いし歩く距離もみじかい。したがって、たかまきすることもなく体は芯まで冷える。

ある日の夕方、放流しているのを目撃した。
あれを釣ろう!

立ち去るまで、
我々は道中にあった温泉に行くことにした。
階段を下りていくと硫黄の匂いがした、体が温まる。
風呂桶も壁もすべて木材を使用している。
源泉は透明だが空気にふれると淡い茶褐色に変わる。


云うまでもなく、釣りまくった。釣り漁券があるから違法ではない。
魚籠はすぐに一杯になる。
そして餌がなくなった。

何時までも体は冷えることはなかった。
その温泉を入之波温泉・山鳩湯という。
いまは、改装されて露天風呂も作られている。

緑を大切に

アマゾンに住む先住民のクリカチ族の人は、
「森があれば生きていける
 子孫には森のほかには
 財産は残しません」と言ったそうだ。


木は二酸化炭素を吸って酸素を出すから人類が生きていけることは誰もが知っている。

このまま人類が同じ生活を続けたら100年後には地球の温度が6.4度あがるという。



『人類は地球上で最高の知恵を持っている
         すべてを決定するのは人類である』

支配抑圧の時代

韓国のインチョンの空港には驚いた。
関西空港から約1時間余り、広大な敷地に建設された空港は近代的な技術の結晶を見た感があった。

空港には漢字が幾つかあるが、一歩外に出るとハングル文字しかなく何を売る店か中を覗かなければ解らない。

空港には日本企業の従業員が迎えに来てくれていた。
京都に本社があるオムロン社である。組合事務所で交流を始めたとき、女性の1人が、
「私はこんなに綺麗な顔をしています。だから忘れないでください」と日本語で自己紹介した。
私はおもわず振り向いた。
組合員の8割は日本語が話せるという。

全員で焼き肉をご馳走になった。
その後の交流では沢山の人に出会ったがどこも焼き肉であった。


我々一行は東大門近くに宿をとった、素泊まり2500円の安宿だった。オンドルがありがたかった。
朝食は近くの食堂で済ませ、地下鉄で西大門独立公園のなかにある西大門刑務所歴史館へ行く。


西大門刑務所





〈入り口付近〉







植民地時代1908年に抗日運動をする人々を監禁するために建てられた。最高収監数が3200名と言われている。
終戦後、監獄として利用されたが1995年「西大門刑務所歴史館」となった。
拷問室は軍人が韓国人を拷問している姿を再現している。水拷問、性的拷問など残酷の連続だ。
獄舎は当時のまま残されている。
死刑場も残っている。

帰国前に韓国から朝鮮民主主義人民共和国を見た。
日本はまだすべての戦後処理は終わっていない。

携帯電話

電話が東京・横浜間で開通して一世紀余りがたった。
技術の進歩にあわせて携帯電話も普及しつずけている。

便利にはなったが反面、犯罪にも利用されてきた。

ポケットベルを持っていた当時は公衆電話がなかったと言えばよかったが、携帯電話はこの手は使えない。
やはり管理されていると思うときもあった。

海難事故や山岳遭難などで携帯電話によって命を救われた例はたくさんある。

ユビキタスの時代である。
道具は正しく使えば事故は起きない。

正義の人に!

風格とは、辞書によると
「その人の容姿や態度などに現れる品格」をいう。
では品格とは、
「その人やその物に感じられる気高さや上品さや品位」をいう。

つまり、学歴や肩書きは関係なくその人そのものを云う。

農林水産省所管の独立行政法人・緑資源機構の官製談合事件で、受注側の業者に再就職した複数のOBが前森林業務担当理事を頻繁に訪問し業務の発注や入札での指名を働き掛けていたという。

逮捕された前理事に風格など微塵も感じられない。
人格つまり人間性の問題であり、学歴や肩書きは関係ないのである。

正義の人であり、勇敢で頼もしく指導力があり包容力がある人でなければならない。
このような人は歴史上にも現在もたくさんいる。

情が移って

会社の帰りにドッグフードを買った。
多くの商品が陳列棚に並べられていて迷ってしまう。

人の食べ物でも品質管理や衛生管理が行き届いていない会社があったのだから、ましてや犬の食べ物だから疑わしいと思う。

人は子供でも食べて変だったら言うが犬は何も言わない。
少々おかしくても食べてしまうだろう。

血統書付きの犬も飼ったが食べ物は家族の残り物だけだった。
人が食べる味の付いた食べ物よりはドッグフードの方が良いと思うが、
どこのフードが良いのか解らない。



犬も言うことを良く聞くと情が移ってしまう。
褒めてやると、ますます良く言うことを聞くようになる。
最近は夜に遊んでやるのを要求するようになった。

私の足音を覚えている。


迎賓館にて

二度目の訪朝時に迎賓館に於いて挨拶のあと、第一回六カ国協議の朝鮮代表として参加した金英日外務次官からお祝いに朝鮮の酒をいただいた。


1本は日本に帰ってから飲んだがあと1本は記念に残してある。

外務次官は、「普段は酒もたばこも飲まないが今日は嬉しいから飲みます」と言って答礼宴が始まった。
六カ国協議が終わった直後だったので裏話などを含めて聞くことができた。

挨拶を求められた。
東京の人から良い挨拶でしたと褒められたが何を話したのか記憶にない。

朝鮮人はたばこを吸う人が多いが、
街中は綺麗に掃除がされていて塵など見たことがない。

若い頃は!

今日、給与明細が届いた。
何回目の明細書だろか。

若い頃は給料日の明くる日はお金を使うのが楽しみだった。
覚えているのは、
初めての給料の明くる日に饅頭の食い合いをしたことだった。
はじめに、きつねうどんを食べてから始めた。
いくつ食べたのか覚えてないし誰が勝ったのかも覚えてないが胃を悪くしたのは確かだ。

旅行にも行った。
学割を使って長野県に行った。
松本城に登ったのを記憶している。
お金は使うためにある。


給料日を意識しなくなって久しいが、お金があるのは安心につながる。
働けなくなってお金がなければ子供も寄りつかなくなるという話を聞いたことがあるが、育て方にもよるのだろう。

お金がすべてではないが、あっても邪魔にはならない。
便利な道具だ。

夕食は簡単に

新聞社の全国調査で朝食を抜くことに抵抗があると答えた人は「非常にと多少は」を合わせて71%だった。

「抵抗はない」と答えた人は29%、
年代別では20歳代が52%、30歳代が37%、40歳代が31%、60歳代は20%、70歳代以上では18%と若い世代ほど抵抗感がない傾向が解った。

私は、若い頃は「ご飯とみそ汁」がなければ食べた気がしなかったものだが最近はパンとスープにコーヒーが定番となっている。

日本人は朝食は簡単に済ませて夕食に時間をかけるが、どうなんだろう、朝食に時間をかけて仕事や学業に励み夕食は簡単に済ませる方が良いのではないだろうか。

朝食を抜くよりは夕食を抜いた方が良いように思えてならない。
尤も私は晩酌をするので夕食は抜けないが簡単に済ませることはできる。

しっかり脇を締めて

久しぶりにゴルフコンペに行ってきた。
奈良県だが三重県に近い山の中、新緑薫る5月ではあるが午前中は少々の雨もあり肌寒く感じた。

不思議なことにOBはなく、無くしたボールは池に入れた1個だけだった。
途中から脇を締めることを思い出したからだろう。

人生もしっかり脇を締めなければ!
社会は決してあまくはない。

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