知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

キリバス

太平洋の赤道直下に位置するキリバスはほとんどが海抜3.5辰膿邑9万9000人といわれる。

国土が地球温暖化による海面上昇により水没の危機にひんしている。
大統領は「温暖化は進んでおり、国際社会が今後、どんな決定をしても、もはや手遅れだ」とし、
海面上昇について「国民の平穏な生活を奪う環境テロ」と非難し、京都議定書に参加しないアメリか、オーストラリアを名指しで「我が国は存亡の危機にひんしているのに、高い経済水準を保とうとしており極めて利己的だ」と批判した。

大統領は全ての国民の移住政策を検討しているとし、環境難民ではなく熟練労働者として移住させたいとして、職業訓練や語学習得で日本や米国に支援を訴えたという。

国連の気候変動に関する政府間パネルの第4次評価報告書によると今世紀末には世界の平均海面水位が最大59他緇困垢襪箸いΑ

平たく見れば戦争には参加しても環境問題には参加しない、利己的と言われても反論できない。

子供を犯罪から守る

大阪府警は子供達が夏休みに入る前に、子供を狙った犯罪が増えることから次のメールを発信した。
1,一人で遊ばない
2,知らない人にはついて行かない
3,危険を感じたら大声を出す
4,誰とどこで遊ぶ、いつ帰るかを言ってから出かける等の指導の徹底

地域の人の見守り活動が子供が被害者となる犯罪の現象に効果を上げている。

7月までに発生した16歳未満の子供に対する声かけ等の事案は1020件あり、49%が下校時間帯の15時から18時までに集中している。
一人でいるときの被害が68%と高くなっている。

奈良県の平群町で起きた事件が二度と起こさせない為にも地域で出来ることは地域で対策を考えることが子供を守ることにつながる。

子供を犯罪から守るために地域の見守り活動の重要性を指摘している。

ラジオには二度ばかりでたことがある。
緊張するだろうと思いラジオ局の一階の喫茶室でビールをのんで行った。

司会者から趣味を聞かれ釣り談義となった。
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司会者が50造鯆爐辰燭海箸砲靴茲Δ箸いΑ
誰でも手で示せば大きめに言う。

私は計測したから50造榔海砲覆襦
ラジオで1存輕皺修靴燭らといってたいしたことではないと思うが、

本当は49造世辰拭
嘘を言った番組がテープに残っている。

死者数

イラク人の死者数が8月に昨年度死者数を上回った。
このままでは今年は何人の死者がでるのだろうか。

特徴はアメリカのなかでイラク戦争は間違いだったという国民が増え続けていることだ。

アメリカをはじめ各国はイラクから撤退すべきだと思うし、テロは許さないというがなぜテロが起きるのか特に先進国は歴史を掘り下げて考える必要を痛感する。

我が家の生き物

我が家のリーヤ(ダックスフンド)は食欲がない。
体重は約5舛世500珍蕕擦燭噺世辰討い拭

クーラーや扇風機はつけているが今年の夏は異常に暑い。
それでも夜9時になると走り回っている。
おやつはよく食べるし、特にキャベツが大好物だ。
主食は時間を掛けないと食べられないようだ。

一方、金魚は元気が良い。
大きい入れ物に石と川砂と竹炭を入れた。

メダカだと思っていたのは金魚だった。
最近になって色が付いてきた。
考えてみれば金魚すくいにメダカがいるわけがない。

朝夕に餌を砕いてやるが最近は私が行くと寄ってくるような気がする。
その後は5匹とも元気よく泳いでいる。

残念なのは鈴虫が孵らなかったことだ。
入れ物のなかの土は、水気もなく使命が終わったかのように覗く人もいない。

夏の思いで

昭和30年代は「くろがね」という角ハンドルの自動車が走っていた。
我が家の納屋には125ccか250ccか解らないが車体の大きいオートバイがあった。

中学生になっていた私は毎夜このオートバイを乗り回した。
納屋の敷居は高い。
音を出さないように力を振り絞って敷居を越え、家から離れてからエンジンをかける。

まだアスファルトの道はなかった。
人家も少なく、人や車に会うことはなかった。
冬もそう寒いとは思わず夏は風を受けると気持ちがよかった。
しかしながら、
坂の途中になると停まってしまう。
減速を知らなかった。

そして、何事もなかったかのようにオートバイは納屋に座るのである。
たぶん家人にばれることはなかったと思っている。

上には上が!

第11回世界陸上選手権大阪大会が203カ国・地域から2千人の選手が参加して開幕した。
男子マラソンは午前7時スタートして長居競技場から大阪城に入り御堂筋で折り返すコースで日本勢は5位、6位、7位に入り団体では金メダルを獲得した。

中学生の時に地域の学校駅伝に参加したことがあった。
毎日の練習には体育の先生が教室まで迎えに来る。
練習が終わると「きつねうどん」を御馳走してくれる。

駅伝当日は2区を走った。
長い距離ではあるが母校の前で終わる、全生徒が沿道に出て応援してくれた。
結果はかんばしくなかったが暫く動けなかった。

学校内では負けた経験はないが上には上がいることを知った。

私は貝になりたい

戦争が終わって62年と言うが、
侵略戦争に失敗して原子爆弾を2発も落とされ多くの国民や他国の国民を犠牲にして戦争に負けて(ポツダム宣言を受け入れ)62年が経った。

戦争は人を変え、多くの犠牲を伴う、戦争ほど悲惨なものは他にない。
地球上で一番利口な人間は戦争を繰り返してはならないことを体験した。

沖縄では集団自決や崖から飛び降りる婦人の姿がビデオに残っている。
中国では奪い尽くし、焼き尽くし、殺し尽くすという作戦をとった。
南の島々では多くの日本兵が餓死した。

そして広島・長崎に原子爆弾を落とされ目が覚めたはずだった、が、
防衛庁を防衛省に格上げし、次に自衛隊を自衛軍にするという。
憲法9条を変えて、集団的自衛権を確立してという構想がある。

利口な人間は人に優しく地球にも優しくなければならない。





BC級戦犯に問われ死刑判決を受けた加藤哲太郎の手記

『私は貝になりたい』から


   ………こんど生まれかわるならば、私は日本人になりたくはありません。
   いや、私は人間になりたくありません。

   牛や馬にも生まれません、人間にいじめられますから。
   どうしても生まれかわらねばならないのなら、私は貝になりたいと思います。

   貝ならば海の深い岩にヘバリついて何の心配もありませんから。
   何も知らないから、悲しくも嬉しくもないし、痛くも痒くもありません。
   頭が痛くなることもないし、兵隊にとられることもない。戦争もない。
   妻や子供を心配することもないし、
   
   どうしても生まれかわらなければならないのなら私は貝にうまれるつもりです。

民主主義って何!

次のような記事が目に入った。

『米テキサス州で22日、男性死刑囚1人に対する執行が行われ、同州で死刑制度が復活した1976年以降、400人目の執行となった。
米国では現在、38州が死刑制度を導入しているが、執行数はテキサス州が突出して多く、同州独特の「カウボーイ気質」の影響が指摘されている。
400人目となったのは、コンビニ店員を射殺するなどして死刑判決を受けたジョニー・レイ・コナー死刑囚(32)。同州では今年21人目の執行で、今月中にさらに3人の執行が予定されている。
米国では72年に連邦最高裁が「死刑は違憲」との判断を示し、死刑制度が一度は消滅。しかし、凶悪事件の増加を背景に、最高裁は76年に死刑容認に転じた。』


私は基本的に死刑廃止論者ではあるが弁護のしようのない凶悪犯罪を見ると考えざるを得ない気持ちになる。

事実、凶悪犯罪者を出さなければ次の犯罪がなかった例がある。
裁判員制度の導入を機に終身刑を議論してはどうだろうか。

今の制度は加害者の人権が被害者の人権を上回っているように思う。
民主主義とは何かを問い直す良い機会ではないだろうか。

金魚

先日、台所で紙コップに入れた金魚をみつけた。
孫が夜店ですくってきたものらしい。
このままでは明日は全部死んでしまう。

私は虫かごに水を入れてベランダの隅に置いた。
明くる日には金魚の餌を買ってきたが小さい金魚には食べられない。
親指の爪で細かく砕いて与えている。

昨日、金魚2匹が死んだ。
残っているのは金魚2匹とデメキン2匹とメダカ1匹だ。

毎日水を替えている。
水槽と言えるぐらいの入れ物があるし川砂もある。
どこまで育つか解らないが出来ることはしてやろう。

秋の気配

3日ほど前から秋を感じた。
春夏秋冬どれも甲乙つけがたいが私は秋が好きだ。

秋・夏・春・冬の順だ。
秋の夜長という。

今も良い西風が部屋まで入ってくる。
昨夜は三日月だった。
今日は半月に近い月が南の空に浮かんでいる。

秋はベランダで何も考えなくても満足する。
つまり、秋にいるだけで満足するのである。

こんな刻は一人がなお良い。
男は黙って焼酎を飲んで煙草を吸うのである。

二月堂

日曜日に東大寺周辺と奈良公園を歩いてみた。
大仏殿には入っていないが二月堂あたりへ初めて行ってみた。
二月堂、三月堂、や正倉院辺りは、今の時期は訪問者は少ない。

二月堂には無料の休憩所がある。
あまりの暑さにゆっくりする気にはなれない。

わずかな時間だったが車に乗るとハンドルが熱くて握れない。
鹿も日陰でゆっくりと、


二月堂


琵琶湖疎水


琵琶湖疏水は明治に琵琶湖から京都に引かれた水路である。

土産物屋で「哲学の道に沿って流れる水は琵琶湖から来ているんですね」と聞くと首をひねった。

銀閣寺前から哲学の道をしばらく歩いてみた。
文化人がこよなく愛し瞑想にふけった散策路である、とのことだが夏は暑くて、秋か初冬が良いように思う。

哲学の道

盆踊り


盆踊り













子供の頃、父は江州音頭を取っていた。
私は音頭も取れなければ踊れない。

この地域、踊れる人は少ない。
音頭は生で取っているし、夜店もあるから人は集まっている。


照明を


ベランダに簀の子を置いてみた。
西日がまともに当たり暑いが人工芝などより熱を吸収する。

夜にお茶など飲めるように照明を考えよう。

ベランダ

大阪で800円!


椰子の実












15年前にフイリピン旅行中に、道路脇で売っていた椰子の実、
当時25円ぐらい、それが大阪に来ると800円で売っていた。

さほど美味しいものでなく、800円の価値はない。
マンゴやバナナのほうがはるかに旨い。

気温

埼玉県熊谷市で気温が40・9度を記録した。

日本最高気温の更新は1933年7月25日に山形市の40・8度以来の74年ぶりという。

世界最高は1921年にイラクのバスラで記録した58・8度で最低は1983年、南極大陸のボストーク基地で記録したマイナス89・2度らしい。

どちらも外には出られないのでは、

賞味期限偽装

2003年7月に北海道は札幌の奥座敷と云われる定山峡温泉で行われた会議に出席した。

その前に小樽運河を見学したが、この運河を残すために奮闘した人たちがいたことを後から知った。
この地で初めて蝦夷馬糞ウニを食べた。

帰りに空港で土産を探していて「白い恋人」を買った。
大阪に着くなり子供から北海道に行ってるなら「白い恋人」買ってきてと電話が入った。
初めて「白い恋人」が有名なのを知った。

この「白い恋人」を製造している石屋製菓から賞味期限偽装やアイスクリーム製品から大腸菌群が検出した。
非情に残念な気がする。
不二家や森永の件も醒めやらぬ刻に、

すべては責任者の意識で決まる。
消費者に対する責任は基よりそこで働く人々に対しても責任があることを忘れてはならない。

南十字星

オーストラリアのシドニーで南十字星を見た。

夕方から遊覧船で川下りをしながら食事をし、引き返すときに夕日が沈む美しさは他国での感情的なものもあるのだろうがこの世のものとは想えないほど見事であった。

日が暮れてからあれが南十字星だと通訳人が指さした。
間違いなく南十字星を見た。

北半球からは見ることができない。
なぜか、
もう二度と見ることは無いような気がする。

礼儀

子供達に将棋を教えている人がいる。
それもボランティアで、

礼儀を教えるという。
将棋を通じて基本的な人作りをしている。
参加者は多く、テレビの取材も済んだと聞いた。

3ヶ月ほど前までは簡単に勝てたが最近は簡単ではなくなってきた。
一つ失敗をすると負けてしまう。

勝たせてやろうなんて余裕はない。
よく一人でやっているのを見た。

ここしばらくは連勝している。
余裕で勝っているような顔をしているが負ければ威厳が無くなるような気がする。

「お願いします」「負けました」「ありがとうございました」
負けたのが解っても考えている、
「負けたときは男らしく負けましたと早く言え」

もう半年もしないうちに勝てなくなるような気がする。

また来る日の為に

清流のほとりにテントを張った。
幸いにして、木の陰になり一日中テントの辺りは日が差し込まなかった。

山から流れる水はかなり冷たい。
子供達は水とたわむれ、小魚を捕ったり、泳いだり、昼の定番は焼き肉とスイカ割りなど、
夕方は焼きそばの予定だったが空腹感がなく取りやめた。

キャンプ場の予約が取れずにこの地になったが周りは全て自然で工作物がなく涼しい一日となった。

二年前はこの下流でテントを張ってキャンプした。
近くの温泉に入ったあと、
なかなか眠れず用意してあった太い流木を朝まで燃やした。
今回は日帰り、

キャンプ











キャンプ 














捕った魚は子供達の手で自然に帰した。

ゴミは全て持ち帰る。
次に来る人が気持ちいいように、
また来年も気持ちよく来れるように。

お箸の国

我々日本人は箸を使って食事をする。
食文化の一つである。

一方、諸外国では料理を手で持って食べる食文化もある。
日本では、子供が手で食べると「はしたない」として注意するのであるが、
私はこの手法は賛成できる。
箸を或いはフォークやスプーンを使えば料理の触感が味わえないからである。
料理を、「見る」「触る」「食べる」を満喫できるのである。

もちろん、煮えたぎった鍋料理は手では食べられないが、
食事の際に触感が味わえるというのは良いように思えてならない。

我々が唯一、手で食べるのが、「お寿司」「おにぎりとたくわん」だろうか。
それでも、コンビニでは箸が付いてくる。

食すということでは、おやつなどは箸を使わない。
大人も酒を飲むときに食べる豆類やスルメなどはすべて手を使う。

ポールモーリア

若い頃はよくコンサートに行った。

ペレスプラード、ニニロッソ、ジルベールベコー、ポールモーリア、グレンミラーなど。

ペレスプラードはマンボNO5、ニニロッソはトランペットの音響が胸にしみ渡る。
なかでも、ポールモーリアの『恋はみずいろ』『雪が降る』が良く、来日を聞くと駆けつけた。

ペレスプラードも何回も行った。
クラシックバレーやモダンバレーも観に行った。

今はまったく縁が無くなっている。
年に一回でもいいから一流の音楽を!!

原爆が落とされた日

悪魔は突然アメリカからやってきた。
1945年8月6日午前8時15分には広島に8月9日午前11時02分には長崎に、爆撃機から原子爆弾が投下された。

唯一の被爆国である日本は広島、長崎で推定21万4000人が死亡した。

「しょうがない」ではなく、「世界の核廃絶」声を大にして訴えなければならないのは日本である。

長崎の原爆資料館と広島の平和記念資料館には何十年も前に行っている。
世界の平和を訴えるのは広島・長崎・沖縄から、そして日本から、




「屍の街」 原民喜

私はあのとき広島の川原で、いろんな怪物を視た。男であるのか、女であるのか、ほとんど区別もつかない程、顔がくちゃくちゃに腫れ上って、随って眼は糸のように細まり、唇は思いきり爛れ、それに痛々しい肢体を露出させ、虫の息で横たわっている人間たち……。だが、そうした変装者のなかに、一人の女流作家がいて、あの地獄変を体験していたとは、まだあの時は知らなかった。
「なんてひどい顔ね。四谷怪談のお岩みたい。いつの間にこんなになったのかしら」と大田洋子氏は屍の街を離れ、田舎の仮りの宿に着いたとき鏡で自分の顔を見ながら驚いている。それから、無疵だったものがつぎつぎに死んでゆく、あの原子爆弾症の脅威を背後に感じながら「書いておくことの責任を果してから死にたい」と筆をとりだす。こうした必死の姿勢で書かれたのがこの「屍の街」である。銅色に焦げた皮膚に白い薬や、油や、それから焼栗をならべたような火ぶくれがつぶれて、癩病のような恰好になっていた。これは、この著者が目撃した、惨劇の一断片であるが、こうした無数の衝撃のために、心の傷あとはうずきつづけるのだ。著者は女性にむかってこう訴えている。
生きなくてはならない一人の女の右手が、永久にうしなわれて行くのでしたら、戦争そのものへの抗議と憎悪が日本中の女の胸に燃え立つはずです。

PLの花火


花火大会




 写真は昨年8
 月1日








8月1日は毎年PLの花火大会がある。
昨年は自転車でカメラを持って狭山池を一周した。
なんと人の多いことか、遊歩道は人で埋め尽くされ自転車を降りて歩いた。

何時だったか、尼崎あたりから観光バスで来ている人もいた。

今年は家で音だけを聞いた。
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