知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

2007年05月

鍛える

石川県出身の同僚がいた。
彼は真冬でも上着の下は肌着一枚しか着ていなかった。

私は肌着の上にシャツを着てその上にセーターを着てさらにもう一枚着ていた。
ある日に彼の真似をしてみた。

すぐに風邪を引ひいた。
若い頃の薄着は悪くはないと思うが徐々に体を慣らしていかないと体が順応しない。

裸で遊ぶ幼稚園をテレビで見たような気がするが、元気に遊ぶ園児は気持ちが良い。
寒いのを我慢するのは良くないが薄着で生活できるように体を鍛えるのは良いのではないだろうか。

寒くなる前から始めなければ間にあわないだろう。

泣かされて

中学校卒業時のアルバムが出てきた。
表紙を開けるとメッセージが書かれていた。


○○君、卒業おめでとう
見ちがえる程 まじめになってくれて、僕は嬉しい。
よくやったと叫びたいような気がする。
忘れられない人の一人だ。
                  ○○○○



そういえば確かに学生時代は悪かった。
何度、母親を泣かせたことか!

そして今は子供に泣かされている。


体を温めて

紀伊半島には多くの温泉がある。泉質もいろいろだ。

頻繁に渓流つりをしていたころ、初期は放流されたあまごを釣り、5月に入れば天然あまごを求めて源流近くまで釣り歩く。
初期の放流釣りは気温も低いし歩く距離もみじかい。したがって、たかまきすることもなく体は芯まで冷える。

ある日の夕方、放流しているのを目撃した。
あれを釣ろう!

立ち去るまで、
我々は道中にあった温泉に行くことにした。
階段を下りていくと硫黄の匂いがした、体が温まる。
風呂桶も壁もすべて木材を使用している。
源泉は透明だが空気にふれると淡い茶褐色に変わる。


云うまでもなく、釣りまくった。釣り漁券があるから違法ではない。
魚籠はすぐに一杯になる。
そして餌がなくなった。

何時までも体は冷えることはなかった。
その温泉を入之波温泉・山鳩湯という。
いまは、改装されて露天風呂も作られている。

緑を大切に

アマゾンに住む先住民のクリカチ族の人は、
「森があれば生きていける
 子孫には森のほかには
 財産は残しません」と言ったそうだ。


木は二酸化炭素を吸って酸素を出すから人類が生きていけることは誰もが知っている。

このまま人類が同じ生活を続けたら100年後には地球の温度が6.4度あがるという。



『人類は地球上で最高の知恵を持っている
         すべてを決定するのは人類である』

支配抑圧の時代

韓国のインチョンの空港には驚いた。
関西空港から約1時間余り、広大な敷地に建設された空港は近代的な技術の結晶を見た感があった。

空港には漢字が幾つかあるが、一歩外に出るとハングル文字しかなく何を売る店か中を覗かなければ解らない。

空港には日本企業の従業員が迎えに来てくれていた。
京都に本社があるオムロン社である。組合事務所で交流を始めたとき、女性の1人が、
「私はこんなに綺麗な顔をしています。だから忘れないでください」と日本語で自己紹介した。
私はおもわず振り向いた。
組合員の8割は日本語が話せるという。

全員で焼き肉をご馳走になった。
その後の交流では沢山の人に出会ったがどこも焼き肉であった。


我々一行は東大門近くに宿をとった、素泊まり2500円の安宿だった。オンドルがありがたかった。
朝食は近くの食堂で済ませ、地下鉄で西大門独立公園のなかにある西大門刑務所歴史館へ行く。


西大門刑務所





〈入り口付近〉







植民地時代1908年に抗日運動をする人々を監禁するために建てられた。最高収監数が3200名と言われている。
終戦後、監獄として利用されたが1995年「西大門刑務所歴史館」となった。
拷問室は軍人が韓国人を拷問している姿を再現している。水拷問、性的拷問など残酷の連続だ。
獄舎は当時のまま残されている。
死刑場も残っている。

帰国前に韓国から朝鮮民主主義人民共和国を見た。
日本はまだすべての戦後処理は終わっていない。

携帯電話

電話が東京・横浜間で開通して一世紀余りがたった。
技術の進歩にあわせて携帯電話も普及しつずけている。

便利にはなったが反面、犯罪にも利用されてきた。

ポケットベルを持っていた当時は公衆電話がなかったと言えばよかったが、携帯電話はこの手は使えない。
やはり管理されていると思うときもあった。

海難事故や山岳遭難などで携帯電話によって命を救われた例はたくさんある。

ユビキタスの時代である。
道具は正しく使えば事故は起きない。

正義の人に!

風格とは、辞書によると
「その人の容姿や態度などに現れる品格」をいう。
では品格とは、
「その人やその物に感じられる気高さや上品さや品位」をいう。

つまり、学歴や肩書きは関係なくその人そのものを云う。

農林水産省所管の独立行政法人・緑資源機構の官製談合事件で、受注側の業者に再就職した複数のOBが前森林業務担当理事を頻繁に訪問し業務の発注や入札での指名を働き掛けていたという。

逮捕された前理事に風格など微塵も感じられない。
人格つまり人間性の問題であり、学歴や肩書きは関係ないのである。

正義の人であり、勇敢で頼もしく指導力があり包容力がある人でなければならない。
このような人は歴史上にも現在もたくさんいる。

情が移って

会社の帰りにドッグフードを買った。
多くの商品が陳列棚に並べられていて迷ってしまう。

人の食べ物でも品質管理や衛生管理が行き届いていない会社があったのだから、ましてや犬の食べ物だから疑わしいと思う。

人は子供でも食べて変だったら言うが犬は何も言わない。
少々おかしくても食べてしまうだろう。

血統書付きの犬も飼ったが食べ物は家族の残り物だけだった。
人が食べる味の付いた食べ物よりはドッグフードの方が良いと思うが、
どこのフードが良いのか解らない。



犬も言うことを良く聞くと情が移ってしまう。
褒めてやると、ますます良く言うことを聞くようになる。
最近は夜に遊んでやるのを要求するようになった。

私の足音を覚えている。


迎賓館にて

二度目の訪朝時に迎賓館に於いて挨拶のあと、第一回六カ国協議の朝鮮代表として参加した金英日外務次官からお祝いに朝鮮の酒をいただいた。


1本は日本に帰ってから飲んだがあと1本は記念に残してある。

外務次官は、「普段は酒もたばこも飲まないが今日は嬉しいから飲みます」と言って答礼宴が始まった。
六カ国協議が終わった直後だったので裏話などを含めて聞くことができた。

挨拶を求められた。
東京の人から良い挨拶でしたと褒められたが何を話したのか記憶にない。

朝鮮人はたばこを吸う人が多いが、
街中は綺麗に掃除がされていて塵など見たことがない。

若い頃は!

今日、給与明細が届いた。
何回目の明細書だろか。

若い頃は給料日の明くる日はお金を使うのが楽しみだった。
覚えているのは、
初めての給料の明くる日に饅頭の食い合いをしたことだった。
はじめに、きつねうどんを食べてから始めた。
いくつ食べたのか覚えてないし誰が勝ったのかも覚えてないが胃を悪くしたのは確かだ。

旅行にも行った。
学割を使って長野県に行った。
松本城に登ったのを記憶している。
お金は使うためにある。


給料日を意識しなくなって久しいが、お金があるのは安心につながる。
働けなくなってお金がなければ子供も寄りつかなくなるという話を聞いたことがあるが、育て方にもよるのだろう。

お金がすべてではないが、あっても邪魔にはならない。
便利な道具だ。

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