知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

2009年10月

入之波温泉

入之波温泉
7年ぶりの入之波温泉山鳩湯、
15時前大迫ダムを越えると対向車が多い、これは空いてきたと思う。

改装前の古い話、
3月のアマゴ解禁当初、冷え切った体を山鳩湯で温めた。

そして夕方どき再度釣りに出かけた。入れ食いだった。
この温泉一度暖まると少々のことでは冷めなく忘れられない温泉となった。

入之波温泉

川上村の山々は紅葉まじか
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日本料理

金沢や奥飛騨・京都と撮影旅行に一緒に行った友人と月一回程度食事をする日本料理店がある。

道頓堀橋南詰めからすぐ、
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四季折々の料理がでる。
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衣食住は人に欠かせないもの、
特に食事は料理だけではない、会話が大切だと思っている。話がはずめば何を食べても美味しいものである。

年賀状

年賀状の発売が始まった。
メールなどの普及によって年々発売部数が減っているようだ。

お年玉は一切ださないという信念の人がいるように年賀状をださない人もいる。
私も普段会っているにはお互いださないようにしようと言ったことがあるが来るからだすが今も続いている。

年賀の挨拶の歴史は古い。
郵便制度の普及から一般市民もハガキによる年賀の挨拶が多くなっていったようだ。

普段会うことが無い人からの年賀状は懐かしく元気な知らせは嬉しいものだ。
新年の朝の楽しみの一つである。

「あゝ飛騨が見える」

写真眼下右にお助け茶屋、左は資料館
野麦峠


政井みねの碑
工女の模範となって、百円工女(年収が百円を超える)となったみねは重度の腹膜炎に犯されていた。
知らせを受けた兄・辰次郎は松本で入院する事を勧めたが、自らの死を悟ったのか、みねは故郷の飛騨へ帰りたいと兄のことばを断った。
やむなく辰次郎はみねを背中に背負い飛騨へ向かう事とした。
多くの女工が息を引き取った野麦峠の茶屋に辿り着くと、みねは喜びながら「あゝ、飛騨が見える」と言い残し息を引き取った。
1909年11月20日午後2時、わずか20歳の死であった。

旧野麦峠

2007年10月深夜、私は野麦峠に向かった。高速道路の夜間割引を利用しての日帰りだった。
岐阜県高山市からでも曲がりくねった山道が続いた。

峠は整備されていて資料館とお助け茶屋があった。
私はカメラと三脚を持ち旧野麦峠を下った。

すぐに熊笹に覆われた景色が目に入った。
薄暗く気味が悪いところがおおい。
自然は何とも言えない音をだす。

旧野麦街道

第一回公判

酒井法子被告に対する第1回公判が開かれ20席の傍聴席に6600人を越える人が列んだ。

公判後のテレビをみれば、
「裁判女優」とか「覚醒剤の認識度はまるでドラマのような」とか批判に満ちた報道もあった。

当然、公判前には弁護士と打ち合わせをするから一概には言えないように思う。
私はファンではないが離婚や今後の職業については必ずしも証言通りでは無いかも知れないが今後の薬物使用については信じてあげたいと思う。

知人の薬物使用での公判に行った経験からみると再犯率は高い。
一度は執行猶予がついたが二度目は実刑だった。

自分は止めるつもりでも売人がほうっておかないのではと思っている。
傍聴席に家族も知らない女性が来ていたことをみれば、入手先の証言を聞きに来た可能性もある。

テロ

イラクのバグダットでまた爆弾テロが起きた。
死者130名以上負傷者600名と報道された。

アメリカのイラク攻撃以来この種のテロは終わりを知らない。

オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞するが、期待が大きいということだろう。
大統領は選挙前からアフガン増兵を訴えていたが武力では解決しないと思う。

赤い蕎麦

蕎麦の赤い花が咲くというので奈良県桜井に行ってきた。
蕎麦は白い花だと思っていたが赤もあるようだ。

近くまで行くと「赤い蕎麦」と看板がでていた。
7時頃着いたが事務所らしきはあるが人がいないし駐車場が見当たらない。
道も狭い。工事中通行止めの箇所があり自転車とも交差できない。

大阪からは長谷寺方面から行けば道が広い、山越えは交差できないところが多い。
結局ドライブに終わった。

庭に咲いた花

この花は朝が綺麗、

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大台ヶ原で紅葉

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奈良県と三重県の県境にある大台ヶ原山系は紅葉の見頃という。
ここ数日の冷え込みで日出ヶ岳から中腹にかけてブナやカエデなどが見頃のようだ。

写真は06年5月撮影
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