知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

2012年09月

火袋

名水百選に選ばれている瓜破の水(その清冷さで瓜おも割ると)、お土産屋の脇に立てられている灯籠、
なんと火袋が木で組まれている。

−


笠も重たいだろうに、木も組めば強いんだ。

若狭瓜割名水公園
所在地 福井県三方上中郡若狭町天徳寺37−1 

−余−についておもうこと

何かの本で読んだ記憶がある。

−「良い文学には余情(漢字が間違っているかも)がある。」
「良い絵には余白がある」
「良い鐘には余韻がる」

逆に言えば余情があってこそ良い文学と言える。
鐘は音楽にも置き換えることができる、素晴らしい音楽には余韻が残る。


余生には何をすべきか。

社会に恩返し、子供を事故や事件から守る運動は続けている。
他に何かしなければと思っている。

余力のあるうちに、



篠山城大書院

大書院は、1609年(慶長14年)築城とほぼ同時に建てられたと考えられ廃城令まで約260年にわたって公式行事に使われてきた。

篠山城大書院


一大名の書院としては破格の規模と古式建築様式を備えていたが1944年(昭和19年)1月6日の夜、火災により焼失した。

上段之間

大書院を復元するにあたっては古絵図、古写真、発掘調査等の総合的な学術調査がなされ2000年3月に完成した。


篠山城大書院


地元の人から聞いた話として、
昭和19年の火災のとき、堀の水は清掃のため抜かれていたことから消火ができなかった。火柱は空高く舞い上がりそれはそれは大きな火災だったという。

火災は前夜から泊まっていた消防団の失火ではないかと地元では噂が広まったが原因は不明となっている。
現在は、夜も監視員が常駐して大書院を守っている。

新しい大書院建設の際、高さが前の大書院と比べて低い為(聞き漏らしたが建築基準法か)、盛り土をして高さを合わせたこと。

吉香公園を歩く


 岩国城

岩国城


 香川家長屋門

岩国藩家老香川氏の表門、270余年前に香川正恒氏が建造したもので江戸時代の武家門造りとして城下町岩国をしのぶ表門。

香川家長屋門


 目加田家住宅

18世紀後半の建築で中級武士の住宅、江戸時代中頃には知行百七十石取りであった。

目加田家住宅

目加田家

 吉香公園

岩国藩主吉川家の居館跡に造られた広大な公園

吉香公園

錦帯橋

岩国城と城下町を繋ぐ錦帯橋、継手や仕口といった組木の技術を用いたアーチ形の大橋、日本三名橋の一つで名勝に指定されている。

岩国城からの展望

錦帯橋


西湖の錦帯橋とは姉妹橋となっている、休日は岩国城と共に観光客で賑わう。

東部展望台(鉢伏山)

須磨浦ロープウェイで鉢伏山に登ると東部展望台がある。

 神戸方面(東側)

東部展望台

 明石海峡大橋方面(西側)

東部展望台


ロープウェイ途中に住宅があるが、この家からの展望は最高に良いと思われる。

旧和歌山県会議事堂

この建物は1896年和歌山市に県会議事堂として建設され、当時の議会政治の中核として1938年まで活用されてきた。

旧和歌山県会議事堂


1962年に根来寺に移築され「一乗閣」と命名され現在に至る。

丹波篠山妻入商家群

丹波篠山河原町は築城後まもなく町造りがはじめられ、城下町篠山の商業の中心として栄えた。

妻入商家

家並みは妻入商家に代表され5〜8メートルほどの狭い間口に奥行きは大半が40メートル以上と深い。

妻入商家

表構えの大戸、千本格子や荒格子、中二階の出格子、ムシコ窓などが残り往時の姿を伝える景観を残している。

妻入商家

城下町の雰囲気を残すのが河原町、600メートルにわたって町屋が並ぶ。


所在地 兵庫県篠山市河原町

入鉄砲に出女

江戸時代の関所は江戸防衛を目的として設置され、特に姫街道の要衝であった気賀は早くから関所を設けて入鉄砲と出女の監視を中心に通行人や荷物の取調べを行った。

 冠木門(気賀関所)

気賀関所


 本番所

気賀関所の関守は明治2年の関所廃止まで近藤家が行った、番頭2名・平番4〜5名が交代で取調にあたったとある。
幕府は江戸へ武器が大量に持ち込まれることを怖れ、参勤交代の大名の鉄砲携帯に数的な制限を加え入鉄砲の関所通過を厳しく調べた。
また、人質として住まわせていた大名の妻子などが国元へ逃げ帰ることを防ぐために関所で取り締まった。

気賀関所


 女改め

気賀関所


手形の発行者や押してある印鑑、記載事項を調べた。関所役人の母親など姥があたった。

その後、箱根にも関所が設けられ、気賀関所、箱根関所、今切関所が東海道三大関所と呼ばれた。

創意工夫の医聖 華岡青州

春林軒は華岡青州が創設した診療所で門下生に医術を教える医学校でもあった。

春林軒

母(於継)と妻(加恵)の献身的な協力のもと、曼陀羅華の花を主成分とする「通仙散(麻酔薬)」を完成させ、1804年10月13日世界初の全身麻酔による乳癌摘出手術に成功した。

華岡青州

乳癌患者 156名    門下生 1861名 出身地 66の国(長崎以外) 


所在地 和歌山県紀の川市西野山473
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