知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

2012年11月

高野の伽藍(その参)


 西塔(887年建立)

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高野の伽藍(その弐)


金剛峯寺本坊

正門(1593年再建)
昔はこの門を出入りできるのは、天皇・皇族・高野山の重職に限られていた、一般の僧侶は門の右にある「くぐり戸」を使用していた。

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本坊(重要文化財)
東西(約60メートル)、南北(約70メートル)の主殿をはじめ、座主居間、奥殿、別殿、新別殿、書院、新書院、経蔵、鐘楼、真然堂、護摩堂、阿字観道場、茶室等の建物を備え、寺内には狩野派の襖絵や石庭などが設けられ、境内総坪数48295坪と広大な本坊である。

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高野の伽藍(その壱) 


 電車に乗って高野山へ、

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 高野山駅

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 高野山金剛峯寺御影堂

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 昼過ぎから小雨になり、やがて粉雪となった。

菜園

 この時期の菜園
 これから鍋の季節、白菜、大根、菊菜など重宝する。

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この土地はたんぼだった、小さな耕耘機では跳ね返されていた。何十年も耕して肥料などを入れてやっと畑らしくなってきた。

興福寺五重塔(国宝)

730年(天平2年)光明皇后が建立、5回の被災・再建を経て1426年(応永33年)頃再建、高さ50.1メートル、本瓦葺きの塔、軒の出が深く奈良時代の特徴を随所に残している。

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約1300年もの昔、これだけの塔をよく建てたものだ。すごい技術だが、この建築技術は大陸からのものだろうか。
地震、強風に耐え、被災の多くは落雷ではないのだろうか。今、この塔を建てれば建設費はどのくらいだろう。

弘前昇天教会聖堂(県重要文化財)

この聖堂の構造は、赤レンガ造りのイギリスゴシック様式で設計者はジェームス・M・ガーディナー(米国人)、
入り口最上部にある鐘の音は5キロ先でも聞き取れるという。残念ながら訪問時は玄関付近工事中で建物横から撮影、県重要文化財に指定されている。

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赤レンガの元は弘前市近郊の山から採掘された自然石を用い、120年前につくられたリードオルガン(アメリカ製)は今も現役で使われている。

猿沢池の七不思議

むかし−から猿沢池には不思議ないい伝えがある。
「澄まず 濁らず 出ず入らず 
      蛙はわかず 藻は生えず 魚が七分に 水三分」

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三重塔があった

13時を過ぎていただろうか、昼食にしようと階段を上ると三重塔を偶然見つけた。
興福寺に三重塔があったのだ。

現代、興福寺では境内整備計画で工事が行われている。
1143年(康治2年)に崇徳天皇の中宮が創建され、北円堂と共に興福寺最古の建物、

 【興福寺三重塔】

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深秋の吉城園

池の庭、苔の庭、茶花の庭からなり、苔の庭には離れ茶室がある。

吉城園


池の庭は、江戸時代から地形の起状、曲線を巧みに取り入れ建物と一体になるように造られている。
苔の庭は、飛火野と同系の地下水脈が園内を流れているといわれ、杉苔の生育に適し、苔に覆われた庭園で茶室と一体となった閑静な佇まいを呈している。


所在地 奈良県奈良市登大路町60−1番地

長勝寺(国指定重要文化財)

団体は別として個人でも歴史等の案内をしてくれる寺院は少ない。
本堂、梵鐘、三門、霊廟、五百羅漢等、説明を受けると良く理解できる。

長勝寺


津軽家の菩提寺、弘前城築城と同時に南西の守りとして現在地に移転した。
五百羅漢の写真を撮っても良いかと尋ねると快く承諾してくれた。

見学期間 4月〜11月(冬期は要問合せ)
拝観料 300円

所在地 青森県弘前市西茂森1−23−6
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