知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

2013年12月

龍泉寺仁王門(重要文化財)

鎌倉時代中期の建立で府下唯一の古い八脚門でこの種の遺構は全国的に見ても十脂に数えられる貴重な存在である。

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いつもありがとうございます。
明日から1月5日まで休みます。 

極楽橋

南海高野線極楽橋駅からケーブルカーに乗ればそこは高野山駅、
我が町にも朝方は粉雪が降っていたが8時頃には降り止み太陽が顔をだした。

退屈しのぎに極楽橋駅まで行ってみた。

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駅の前は、

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車道まで歩いて行って車輪跡を走る。橋の上は凍っているので真ん中の雪の上が安全だ。しばらく走ると道は雪がなくなる。

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集落まで下るとすごい雪が降ってきた。上着が白くなる。あきらめて紀伊細川駅から電車に乗ることにした。

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紀伊細川駅から、

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樹齢1000年

壺井八幡宮境内に植わる楠(天然記念物)

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このあたりは壺井の香炉峰の一角といわれ、河内源氏発祥地として知られている。

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     吹く風を なこその関と 思へども
             道もせにちる 山桜かな

古市

古市は、定期的な市が開かれて以降、室町時代には高屋城の城下町として栄えました。

飛鳥時代の創建とされる西琳寺は、百済から渡来して我が国に文字を伝えた王仁の子孫で大和朝廷に文人官僚として仕えた西文氏の氏寺です。

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竹之内街道と東高野街道の交通が盛んになる江戸時代には大変賑わったと云われています。

寺内町「大ケ塚(だいがづか)」

大阪は、富田林の東を流れる石川を挟んで東岸地域の寺内町として中世末に誕生したのが大ケ塚寺内町です。

八朔の寺 顕証寺

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それまでは森屋村が市場として栄えていましたが、大ケ塚の繁栄とともに市場が移りました。
元禄二年(1689)に大ケ塚を訪れた儒学者貝原益軒は「南遊紀行」で「民屋五百廿軒あり」と記録しています。17世紀後半から19世紀にかけて品質の良い河内木綿などの商品を石川、大和川の水運を利用して大坂と結ぶ商業都市として富田林寺内町と共に栄えたといいます。

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このころ、河内屋、山城屋、久宝寺屋、平野屋、などの屋号が軒を連ねていました。

水仙

開花間近か  (12月14日撮影 富田林市龍泉寺にて)

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灘黒岩水仙郷(2008年1月6日)

酒蔵(西條合資会社)

西高野街道と東高野街道が合流する河内長野、市内唯一の造り酒屋「西條合資会社」は高野街道を挟んで北側に酒蔵と事務所があり、南側には国の登録文化財となっている旧店舗主屋と土蔵があります。
この建物は、「サカミセ」と呼ばれる旧店舗と、それに付属する桟瓦葺きの土蔵からなっています。

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あまの街道

あまの街道

あまの街道

金剛寺総門

総門

総門

天野山金剛寺  左側を天野川が流れる

金剛寺

西国街道

西国街道(山陽路)をミニベロ (mini velo)で走って、

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説明板はあったのだが薄れて読み取れないが明治18年8月のようだ。

明治天皇山田御小休所

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桜井の清水


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桜井の清水は、太田黒岡山の北麓にあり、戦国時代に播磨を治めた赤松義村が選んだという「播磨十水」の一つ。

黒岡に行ききの人の心あらば
          薬ともなれ桜井之水     赤松義村

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