知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

2014年02月

ハエトリグサ

 【ハエトリグサ】
 ハエトリグサの捕虫方法は葉が変化した捕虫器で昆虫を捕らえるのですが、捕虫器の内側には細い
 感覚毛が数本生えていて感覚毛に2度触れるか2本以上の感覚毛に触れると素早く葉を閉じます。

 捕らえられた昆虫が、もがけばもがくほど葉が強く閉じていき消化液を出して消化吸収します。
 葉は数回消化すると枯れて新しい葉が生え替わります。

-

 【バンダ】
 熱帯アジアにかけて分布しているラン科植物です。
 洋蘭としては珍しく青花を咲かせる品種が多いことから「ヒスイラン」とも呼ばれています。

 樹に根を張る着生ランで温室等で栽培する際は根を空気中にむき出しにして栽培します。

-

 【コーレリア・ダークベルベット】

-

ウツボカズラ(食虫植物)

 【ヒメフウロ】

-

 【ソーセージノキ】
 アフリカ原産の高木、果実は大きく30〜50センチ直径10センチほどになり、やや褐色の長細い形をし
 ています。
 果肉は硬いため食べることはできないがアフリカでは種子を薬用に用いています。
 花は夜に開き翌朝には落花します。

-

 【ウツボカズラ】
 ウツボカズラは虫が好む蜜を分泌し袋のような形の捕虫器の中に誘い込む「落とし穴式」という方法で
 虫を捕まえます。
 主に昆虫ですがカエルや鳥が入っていた例もあるようです。

-

 食虫植物とは、虫を捕らえて自らの栄養としている植物で世界中に560種あるといわれています。
 ウツボカズラの仲間は葉の先を袋に変え虫を誘い込み捕らえます。
 モウセンゴケの仲間は葉に鳥もちのようなネバネバの液体を出し虫を捕らえます。
 ハエトリグサは虫がとまるとその葉を閉じて挟み込んで捕らえます。

ストレリチア・レギネ(極楽鳥花)

 ドンベヤ
 アフリカ大陸、マダガスカル島などに約200種類が分布しているアオギリ科の常冂稾擇任后
 花は2〜3センチですが数十個集まってくす玉状となります。

-

 フブキバナ
 南アフリカ原産の植物、
 常僂嚢發気錬殴瓠璽肇覦幣紊砲發覆蠅泙后シソ科特有の花を秋から冬にかけて無数につけ、満開時に
 は香りが立ち込めます。

-

 ストレリチア・レギネ
 南アフリカの降水量の少ない乾燥した地域に自生し、タネが発芽してから開花する迄に3〜5年を必要
 とします。
 円柱状の花茎の先に、15〜20センチの仏炎苞を伸ばし、鳥の横顔を思わせる特徴的な花を咲かせ
 ます。
 開花中は甘い蜜を分泌し、鳥がひきつけられて花弁にとまることによって受粉しタネを作ります。

-

 属名のStrelitziaは、この植物が大航海時代に南アフリカからイギリスへ持ち込まれた際、、時の王妃
 シュトレリッツ・シャルロッテの名前にちなんで命名されました。
 和名: 極楽鳥花

熱帯植物(花の文化園)

パッシフロラ・アラタ(トケイソウ科の常緑つる性植物)南アメリカ原産
「花の形が時計に似ていることから「時計草」の和名がある。果実は長さ10センチほどあり食用となる」との説明があるがどんな味なのだろうか。

-

 サルオガセモドキ(パイナップル科)

-

熱帯植物はおもしろい。この温室には570品種5400株の熱帯花木があるという。

鶴見緑地にある「咲くやこの花館」では入るなりカメラのレンズが曇った。室内の温度を高くしているのか外気が低かったのか。ここの温室はひと味違う。

大温室(花の文化園)

ありがとう 右に行けば大温室ですね。

-

 金鯱(サボテン科)

-

 何とサボテンも種類の多いこと、(今の時期、温室の中は暖かくて外に出たくない)

-

-

-

 不夜城(ユリ科)

-

 花キリン(ユーフォルビア属)
 棘があるのでサボテンのようだが、クリスマスに飾るポインセチアの仲間です。

-

 岩石獅子(サボテン科)

-

今の時期は咲いている花は少ない、温室は別として十月桜や一部の梅が少しだけ咲いている。
クリスマスローズも、あと一ヶ月もすれば花盛りとなる。

観梅

大阪府立「花の文化園」では3月中旬まで「梅まつり」として梅園に「こたつ」が設置されている。
「鍋」か「おでん」に「熱燗」があればなぁ・・・   

 【八重寒紅】

DSC_0150

 【野梅】

DSC_0154

 【甲州小梅】

DSC_0157

 【紅千鳥】

DSC_0162

 【寒紅梅】

DSC_0165

 【雛雲】

DSC_0167

 【草思梅】
       「鴬の 木伝う梅の うつろへば 桜の花の 時かたまけぬ」  詠み人知らず
       (鴬が木から木へと伝う梅の花が散り始めると桜の花が咲く頃がやってきます)

DSC_0172

 【紅冬至】

DSC_0176


- 旅人と我が名よばれん初しぐれ - 松尾芭蕉

芝辻理右衛門屋敷跡

榎並屋勘左衛門家は、江戸幕府の御用鉄砲鍛冶として重用され、芝辻理右衛門家とともに鉄砲年寄りとして堺の鉄砲鍛冶の中心的地位にありました。

この両家に分家の榎並屋九兵衛、榎並屋勘七、芝辻長左衛門を加えた五鍛冶が平鍛冶と呼ばれ他の鉄砲鍛冶を統制しました。

-

芝辻理右衛門は、徳川家康から大坂城攻めのために鉄張の大砲を作ることを命ぜられ、慶長16年(1611)銃身一丈(約3メートル)口径一尺三寸(約39センチ)砲弾の重さ一貫五百匁(約5.6圈砲梁臻い鮑遒蠅泙靴拭

大坂冬の陣(1614)の前に、1000挺の鉄砲を急いで製造するようにという徳川家康からの命に応え、その功労により元和元年(1615)高須の地を賜りました。

鉄砲を作る技術はその後、刃物・自転車の製造へとつながり、堺の伝統産業の基礎となりました。
現在もこの地域に刃物、自転車の工場が多いのはそのような歴史を引き継いでいるからです。


住の江や 和泉の街の七まちの 鍛冶の音きく 菜の花の路
                                      与謝野晶子


「ななまち(七町)」というのは、宝暦8年(1758)に堺奉行・池田筑後守正倫の取り計らいで、堺製のタバコ庖丁を幕府公認として日本全国に売り捌くことになり、そのさいに37軒の鍛冶屋を公認業者として指定しましたが、それらの業者が堺北部の北旅籠町、桜之町、綾之町、錦之町、柳之町、九間町、神明町の「七町」に住んでいたことに由来する。という。

清学院

-

清学院は江戸時代後期に建築され、かつての修験道の寺院であり、江戸後期から明治初期にかけて寺子屋が開かれていました。
この建物は江戸時代後期に建築され、平成14年(2002)に国の登録有形文化財に登録されています。

堺で生まれ仏典を求めて日本人で初めてヒマラヤ山脈を越えた河口慧海もここで学びました。

堺の自転車

文政元年(1818年)、ドイツのドライス男爵が発明した木製ハンドル付の地面を足で蹴って走る「ドライジーネ」が自転車の始まりと言われています。

-

鉄砲鍛冶の知恵と技を生かし発展してきた堺の自転車産業の発達の歴史があった。

-

ペダルで車輪を回し、チェーンで後輪と駆動する方法などが考案され、明治18年(1885年)にはイギリスのスターレーが前輪と後輪が同じ大きさの「ローバー」を発明し、現在の自転車のモデルになりました。

-

-

古く堺に古墳築造のために鉄器をつくる優れた技術を持つ人が多く集まって始まった堺のものづくりの歴史があった。
その後優れた鉄の加工技術は、中世から近世には刀・刃物づくりや鉄砲づくりに受け継がれました。
さらに明治に入り自転車が輸入され普及していくとともに、その技術は自転車の修繕に役立ちました。
そして現在、自転車部品を世界に輸出する「自転車のまち」として、堺の自転車産業の発展につながることになったのです。

長浜城

1573年(天正元年)、羽柴秀吉が浅井長政攻めの功で織田信長から浅井氏の旧領を拝領した際に当時今浜と呼ばれていたこの地を信長の名から一字拝領し長浜に改名した。

-

-

湖北三郡を与えられた羽柴秀吉は、天正2年(1574)頃、小谷から当地に城下町を移し居城とした。
天正11年(1583)の賤ヶ岳の戦では、ここを根拠地として大勝し、織田信長後継者としての立場を確立した。

-
記事検索
おきてがみ
blogram
blogramによるブログ分析
足あとを残せます。
後ほど訪問致します☆
Archives
  • ライブドアブログ