知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

2014年04月

村上海賊の娘

今年の本屋大賞は和田竜著「村上海賊の娘」に決まった。

和田氏は2007年「のぼうの城」で小説家デビューした大阪生まれだ。

物語は、織田信長と大坂(石山)本願寺との戦い、和睦が崩れ信長に攻め立てられる大坂本願寺、信長の兵糧攻めに遭い残るは難波の海(大阪湾)、海路からの支援を乞われた毛利家は「海賊王」こと村上武吉に頼ろうとする。

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私は周恩来元総理が好きな人の一人だ。

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この本、随分と前に買ったものだが上下で10000円+税となっている。

葉桜

風の強い日に南の方から我が家の玄関先にサクラの花が飛んできた。
まるで吹雪のようだ。

公園の若桜は葉桜になろうとしている。今頃のサクラは息吹を感じるので好きだ。

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この公園、幹線道路から100メートルぐらいだろうか、サクラが植わっている頃は、毎年、サクラのトンネルができて見事なものだった。

そのサクラの古木が切り倒されて2車線の道路となった。今は小さな街路樹が植えられている。

誉田林古戦場跡

誉田八幡宮の付近は、南北朝から室町戦国の各時代を経て江戸初期の元和年間にかけて戦略上の要地であったため再三古戦場の舞台となったところである。

南北朝初期の正平年間には、北朝方の細川兄弟の軍と楠木正行の間で合戦が行われ、室町中期の享徳年間には畠山政長と義就の間で再三にわたり誉田合戦が行われた。
すこし降って、永正元年(1504)には、前記の孫にあたる畠山稙長(タネナガ)と義英との間で合戦、あとで和議となり誉田八幡宮「社殿の盟約」が結ばれた。

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大坂夏の陣の折には、大坂方の武将薄田隼人正もこの境内に大陣を置き、この地より出撃して道明寺付近で討死している。

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多聞城跡

奈良女子大学の歴史ある旧本館を見学したあと、北に歩くと多聞城跡がある。

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東大寺の北西にある多聞城跡は、戦国時代、大和一円を支配しようとした松永久秀が1560年に築いた城で、日本初の四層の櫓を持つお城として知られ多聞城建築後はその後の城建築を大きく変え、織田信長は多聞城をまねて安土城を造り、又豊臣秀吉の大阪城にもこの建築方法が採用されたという。

若草山と東大寺大仏殿(金堂)の屋根が見える。

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現在は若草中学校となっており、入るのは控えた。

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夕陽地蔵

奈良女子大学から転害門を右に見て北に進めば北山十八間戸に、この向かいに夕陽地蔵がある。
室町時代後期(1509年)に、興福寺の僧・浄胤が死後の冥福を祈って造立したものという。

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     ならざか の いし の ほとけ の おとがひ に
              こさめ ながるる はる は き に けり
                                        - 会津八一 -

夕陽地蔵から奈良女子大学方向に少し戻ればレンガ造りの建物があります。これは「旧奈良市水道計量器室」という施設跡、

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折りたたみ式自転車(ミニベロ)

昨年9月にマウンテンバイクを購入してその後に折りたたみ式自転車を買ってから、入らなかったズボンが入るようになった。
自転車は腕や腹と足の筋肉を鍛える。

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私は健康の為と写真撮影という事から伊勢や姫路また奈良・和歌山・地元大阪を走ってきた。

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先日、JR天王寺駅で特急列車にミニベロを乗せられることを確認した。また、古市駅では近畿日本鉄道でも確認した。

各駅停車が好きだが目的地がある場合は早く着きたいし、車と違って戻らなくてよい利点がある。

まず行きたいと思っているのが三重県の尾鷲駅だ。熊野古道の馬越峠を自転車で越えてみたい。

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自転車博物館サイクルセンター

クラシック自転車の体験試乗が大仙公園 自転車広場でできる。乗って遊びながら、昔の自転車の歴史や仕組みを学べる体験ができます。

クラシック自転車はレプリカですが、
ドライジーネ、ボーンシェーカー、タンデム三輪車、オーディナリー、後輪操舵自転車、サルブォ型自転車など、

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自転車は自然を身近に感じさせてくれる道具として、又これからの季節は頬を撫でる爽やかな風、路傍に散りばむ木漏れ陽、自動車では見えなかった自然の営みなどに触れることができます。

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江戸時代末期、文久3年(1863)に横浜、明治元年(1868)には大阪・神戸に外国人居留地が作られ慶應年間になると自国からミショー型などの自転車を持ってきた人たちが町で乗り始めました。

自転車がとても珍しく便利な乗り物であることに気づいた人々が明治時代に入ってアメリカやヨーロッパなど外国から自転車を輸入するようになります。

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自転車は高価だったため(アメリカ製1台200円)一般の人は乗ることができませんでした。

明治10年(1877)になると貸し自転車業が生まれ自転車は全国に広がっていきました。
日本の自転車造りは、当初、貸し自転車の修理から始まりましたが、日本に元々あった高度な鉄砲鍛冶技術を応用した部品が作られるなど、自転車製造技術が進化し荷物の運搬や移動に便利な交通手段として自転車は発展していくことになります。

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与謝野晶子

       堺の津 南蛮船の行き交へば 
                 春秋いかに入りまじりけむ
                                   −与謝野晶子

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大仙公園

JR百舌鳥駅から少し歩けば仁徳天皇御陵がある、その南には履中陵がある、二つの御陵の間に大仙公園があります。

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広大な大仙公園内には、堺市博物館・中央図書館・日本庭園・自転車博物館サイクルセンター等があります。
昨日は、天気も良く日陰を歩かなくては暑い、公園は多くの人で賑わっていました。

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三日市宿(八木家住宅)

高野街道三日市宿 八木家住宅

八木家は、江戸時代に高野街道の宿場町として栄えた三日市宿にあり、かつては木綿問屋を経て酒造が営まれ、米の露・味香一正宗が醸造され「東家屋」という屋号が続いています。

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母屋は木造平屋建て、町屋の伝統的な外観を留めています。鴨居や天井の特徴から18世紀後半に建築されたものと考えられています。

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土蔵は、木造二階建で外壁面には漆喰が塗られ下半分に焼杉の板が張られ、窓には銅板の扉が各階に設けられています。建築年代は不明ですが造りなどから19世紀後半に建築されたと考えられています。

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