知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

2015年11月

宝塚大劇場

宝塚歌劇の専用劇場として1924年に誕生。2014年に創立100周年を迎えた。客席数2550席を誇り、どの席からもステージが見やすいよう配慮されている。電飾輝く大階段、せり、廻り舞台、花道、銀橋(エプロンステージ)などの装置を駆使した大がかりなセットも魅力。年間を通じて、花、月、雪、星、宙の5組の、豪華な衣裳に身をつつんだタカラジェンヌによる芝居やレヴュー、ミュージカルの数々を上演している。煌びやかな舞台と観客が一体となる夢の空間を楽しめる。

宝塚大橋から見た宝塚大劇場

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1945年には、日本の敗戦でアメリカ軍に接収されたが、後に返還され、1946年『カルメン/春のをどり(愛の夢)』で再開する。春日野八千代、故里明美、乙羽信子、越路吹雪、淡島千景、久慈あさみ、南悠子などのスターが戦争で傷ついた人々の心を癒した。その後1950年代から1960年代にかけては、『虞美人』、『シャンゴ』、『ジャワの踊り子』、『華麗なる千拍子』、『ウエスト・サイド物語』など数々の代表作を上演し、寿美花代、高千穂ひづる、有馬稲子、明石照子、新珠三千代、八千草薫、淀かほる、浜木綿子、那智わたるなどのスターが活躍する。
1974年に『ベルサイユのばら』、1977年に『風と共に去りぬ』が上演され、初風諄、榛名由梨、汀夏子、鳳蘭、安奈淳、松あきら、上原まり、瀬戸内美八、順みつきなどのスターが活躍した。

手塚治虫記念館

手塚治虫は、1928年11月3日、大阪府豊中市に3人兄弟の長男として生まれました。開放的な家庭に育ち、漫画とアニメーションに親しみ、機智に富んだ想像力豊かな少年であった。
戦争体験から生命の尊さを深く知り、医学の道を志して後年医学博士になるが結局彼自身が一番望んだ職業を選んだ。
我が国初の長編TVアニメーションシリーズ「鉄腕アトム」や、長編TVカラーアニメーションシリーズ「ジャングル大帝」、2時間TVアニメの「バンダーブック」など、これらの作品の愛すべきキャラクター達は、TVを通じて日本中を席巻し、アニメーションを大衆に深く浸透させることになった。
また手塚の作品は、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの各国にも輸出され、世界の子供達の夢を育んだ。加えて大人向け長編アニメの制作など、アニメのあらゆる可能性にチャレンジし、それらのすべての作品には、手塚の永遠のテーマである生命の尊さが貫かれている。

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宝塚市では、平和を愛する心の輪を広げ、人々が共に生き、手をつなぎ、助け合う社会を築き、世界の恒久平和の実現に向けて一歩一歩確実な努力を続けることを誓い、ここに平和モニュメントを建設します。

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「火の鳥」について
火の鳥の原点は、ロシア民話のなかで、自らの体を炎で焼き、その炎の中から復活し永遠に再生し続ける「生命の象徴」として登場します。火の鳥は手塚治虫氏によって古代から未来へ永遠と続くあらゆる生命の観察者としての使命をあたえられ、人類が何度も繰り返したみにくい戦いの歴史を見守りながら、戦争のない平和な世界がつくられ、宇宙に存在するすべての命が大切にされることを願っています。  宝塚市

宝塚音楽学校旧校舎

宝塚音楽学校は、予科・本科合わせて2年制の、宝塚歌劇団団員養成所である。学校教育法上は兵庫県認可の各種学校となっている。
古くは、宝塚音楽舞踊学校と呼んでいた。

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創立者小林一三による「朗らかに、清く、正しく、美しく」の教えに基づき、礼儀作法やマナーも厳しく、早朝から予科生が稽古場を丁寧に掃除していることは有名である。

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花のみち(宝塚)

阪急宝塚駅から宝塚大劇場を結ぶ段葛型道路で、1924年の宝塚大劇場開場により造成された。宝塚歌劇へ続く花道の意味がある。

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歌劇のまち宝塚条例(前文)
宝塚歌劇は、大正3年の初公演以来、優れた舞台技術の創造、発信を続け、平成26年に100周年を迎えた。
この間、宝塚歌劇の公演が、国内外で展開されることで、宝塚市の知名度が高まるとともに、芸術文化の薫り高い住宅都市のイメージが形成された。
宝塚市は、これからのまちづくりにおいて、100年にわたる宝塚歌劇の歴史を尊重しながら、「歌劇のまち宝塚」ならではの新たな魅力を創出していくことが求められる。
これからも多くの人が住みたい、訪れたいと思えるまちであり続けられるよう、ここに「歌劇のまち宝塚条例」を制定する。

与謝野晶子歌碑

武庫川に架かるS字型の橋、宝来橋の袂に与謝野晶子歌碑がある。

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       武庫川の板の橋をばぬらすなり
                  かじかの声も月の光も (宝塚にてよめる)

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宝塚を代表する文化の一つである「宝塚歌劇」の機関誌〈歌劇〉の創刊号に日本を代表する歌人、与謝野晶子の「武庫川の夕べ」と題する歌三首が掲載されています。与謝野晶子は女性の自立と反戦平和にかかわり貢献した人でもあります。その晶子が夫鉄幹共に宝塚を訪れたことはあまり知られていません。
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