知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

2015年12月

天誅組志士幽閉の倉

龍神温泉から日高川沿いに下り、小又川沿いに左折れして進むと天誅組志士の幽閉の倉がある。

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水郡(にごり)長雄ら一行八名が、この倉に幽閉されたのはわずか二日間でしたが、紀州藩の駐屯隊長吉本任をはじめ、部落の人々の厚いもてなしに感激した長雄は、自らの血でこの倉の柱に辞世の歌を書き遺しました。
     皇国のためにぞつくすまごころは
           神やしるらん 知る人ぞ知る  河州水郡長雄
  
(ここに書かれている辞世の歌は、柱から切り取られて保管されている血書を参考にして再現されている)

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江戸時代末期の文久三年(1863)尊皇倒幕を志した天誅組は、前侍従中山忠光卿を擁立し、孝明天皇大和行幸の先駆けをしようと江戸幕府の五條代官所を襲ったが敗北した。その一員で水郡長雄を党首とする八名は、再挙を図るため十津川から紀州領の小又川まで逃れてきたが、里人から警備の堅固さを告げられ脱出の困難さを知り、文久三年九月二十二日この地の警備隊に自首した。彼らが京都に護送されるまでの間幽閉されたのが当地の百姓喜助の倉である。(この天誅組を幽閉した倉は、昭和39年の大雨で倒壊したのち、復元された)

龍神温泉発紀伊田辺駅へは16時15分発、17時33分着となっている。バスに乗るにはバス停から乗るものと思っていたらこの辺りは手を挙げれば止まってくれる。連休初日、駅から徒歩10分以内は満室だった。

曼荼羅の滝

龍神温泉元湯から600メートルにある曼荼羅の滝、温泉に入った後、行ってみました。たかが600メートルと思っていたが汗が噴き出る、途中で小休して、知っていれば後で温泉に入ったのに、

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「年齢三十三〜四歳やせ形、長身の方、顔色蒼白く鼻筋通り眼は長く切れて白き光あり、甲源一刀流の達人元新撰組机竜之助」被爆により失明寸前の時、、この滝で洗眼治療し全治した。この滝は弘仁年間弘法大師が難蛇龍王のお告げによって泉源を得たとき命名したと伝えられる。

温泉寺(龍神温泉)

日高川

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日高川に架かる湯本小橋

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温泉寺

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弘仁年間、弘法大師が難蛇龍王の夢のお告げによって泉源を得たので草庵を結んで自作の薬師如来像を安置した後、宝永二年明算という僧が頑固な腫れ物をこの湯で治したことで龍王社薬師堂を再建し温泉寺と名付けたと伝えられる。

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日本三美人の湯
群馬県、川中温泉 島根県、湯の川温泉 和歌山県、龍神温泉

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龍神温泉

紅葉は遅いかと思っていたが、(護摩壇山にて)

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予約していた龍神バス11時25分発、

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龍神温泉着12時5分、次のバスは16時15分までない。

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龍神温泉
その昔、役の行者小角が発見し、後に弘法大師が難陀龍王の夢のお告げによって、湯場を開いたことから龍神温泉の名がつけられたと伝えられる。泉質は、日本一といわれる炭酸泉で無色透明ラジュームの放射量豊富で皮膚を綺麗にし美人をつくる湯として名高く、越後の川中温泉、山陰の湯の川温泉と並び日本三美人の湯と称されている。

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下御殿(この温泉1996年に日帰り入浴している)露天風呂もあるが人が多すぎて写真撮れず。

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護摩壇山へ

南海高野線金剛駅8時23分発、早めに購入した特急券で乗車して、

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連休初日なので当日の特急券は売り切れ、極楽橋駅着9時20分

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極楽橋駅からはロープウェイで高野山駅へ

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予約していた南海りんかんバスで高野の町から高野龍神スカイラインを走って護摩壇山へ、

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高野山駅9時50分発〜護摩壇山11時00分着

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紅葉どころか、木々に葉がない。

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不具合

PCの不具合か「おきてがみ」に不具合が起きているのか、私のブログに表示されません。

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