知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

2016年12月

ヒトツバタゴ

ヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃの木)
モクセイ科の落葉高木で葉はて托葉のない単葉で、長い葉柄があり対生する。緑色、楕円形、、長さ3〜7僂如⇔¬未砲漏貎Г量咾生える。
花は4月下旬から5月中旬に純白で円錐状の集散花序を小枝の先につける。果実は核果で熟すと黒くなる。
別名については、昔、上野に大きな木があったが名前が判らないので「ナンジャモンジャ」と呼んだことに由来すると伝えられる。

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日本の渚百選

牛臥山が「ひよっこりひょうたん島」そっくりに見えます。

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牛臥山

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日本の渚百選
牛臥・島郷・志下海岸
平成8年7月「海の記念日」制定にちなみ、全国から応募された渚の中から優秀な百箇所が選ばれたものです。

沼津垣

沼津垣は昔から沼津周辺で浜の潮風を防ぐために用いられてきた垣根で、景観的にも実用的にも優れたものです。
旧沼津御用邸でも多く用いられたことから一般的に知られるようになりました。

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沼津垣

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材料は箱根竹と呼ばれる細い篠竹を十数本ずつ束ねて網代編みにしています。この束を「手」といい、どの束にも別の二つの束を超えて編んでいるため、この編み方を「二手越し」と呼ばれています。

ルノワール彫刻

「勝利のヴィーナス」と「洗濯する女」は、フランス印象派の画家であるピエール・オーギュスト・ルノワール(1841〜1919)の晩年の作品です。
ルノワールは、主に人物画や風景画を描いており、「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」や「舟遊びの人々の昼食」など多くの作品を手掛けています。晩年は彫刻作品を手掛けるようになり、豊満な女性の姿などを題材に約15点の作品を制作したと言われています。

「勝利のヴィーナス」
制作年   1914年
鋳造年   1990年
材質及び形状 ブロンズ製 H180僉L110僉W58

この作品はルノワールが手掛けた彫刻の中で最大級の作品であり、ルノワールが描いた油彩画「パリスの審判」という作品の中の中央に立つヴィーナスを題材にとったものと言われています。
最も美しい女神に与えられた黄金のりんごを片手に持っている姿が特徴的です。

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「洗濯する女」
制作年   1917年
鋳造年   1989年
材質及び形状 ブロンズ製 H125僉L75僉W135

ルノワールが描いた人物画には働く女性の姿を描いたものが多数あり、この作品は、晩年彫刻に取り組み始めたルノワールがこれらの働く女性の姿の中から「洗濯する女」を題材として制作したものと言われています。

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下高野街道と中高野街道

かつて高野山へ参詣する人々は高野街道を往来しました。高野街道には四つの経路があり、下高野・中高野・西高野の三つが大阪狭山市内を通ります。

「中高野街道」
中高野街道は、平野大念仏寺付近から南下し、東野廃寺・狭山神社のある大阪狭山市東部を通ったのち、西高野・東高野と合流して一本の高野街道となり高野山へ至ります。
大阪市平野区で狭山道、大阪狭山市で平野道とも呼ばれるこの道沿いには、古代から寺社・遺跡、中世・近世からの念佛宗寺院が点在しています。

下地図「現在地」付近

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南海高野線「大阪狭山市駅前」

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中高野街道は右に折れ南海高野線を渡り直進します。

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下高野街道と中高野街道の合流点
   「右が中高野街道、左が下高野街道」

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「下高野街道」
下高野街道は四天王寺から狭山池北堤付近に至り、報恩寺付近で中高野街道と合流します。南北朝期には、半田城・池尻城・野田城・大饗城などの城郭が道沿いに築かれました。

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産業まつり

例年の「産業まつり」は、市立体育館運動場で行われていたが今年は狭山池公園北堤と北駐車場に変わった。
〈狭山池北堤〉

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青いパトロールバイクに乗せて貰う子供達、自衛隊や警察も大サービス

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野菜売り場は行列ができ、大根・白菜・キャベツなどを求めていた。

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例年、11月になると狭山池の水が抜かれる。(写真は2014年11月)

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