私は三重県飯南郡飯高町に生まれた。
今は市町村合併で松阪市となっているが〈松阪市〉は似合わないと思っている。

四方を山に囲まれリヤカーが通れる程度の地道が国道に延びていた。
家の前には川幅3辰曚匹侶摸があって、夏には良く泳いだ。〈川魚〉や〈鰻〉もびっくりするほどよく捕れた。
〈カブト虫〉や〈クワガタ〉などはいくらでもいた。
川向かいの山裾を子供を連れたいのししが通ったこともあった。

秋に山に入れば〈くり〉〈柿〉〈あけび〉〈きのこ〉などが無尽蔵と思えるほどあった。

父は山で炭焼きをしていた。
一度、炭を出した後の釜のなかで家族で泊まったことがある。もちろん電気などはなかったが暖かかったのを記憶している。
父はうさぎや山鳥を捕ってきた。獣道に針金で罠を仕掛けて捕るのである。

国道に出れば何軒かの商店があり分校もあった。分校から見下ろすと悠々と流れる櫛田川が見え、寄り添うように地道の国道が走っていた。
信号などあろうはずはなく、鉄路もなかった。唯一、日に何度か来るバスがあった。
当時は車掌が乗っていた、すべて女性で黒い鞄を首から提げて料金を徴収していた。
観光バスではないから歌わないが足を踏ん張って次の停留所の案内をしていた。

年に何度か〈いなか饅頭〉を買って貰うのが唯一の楽しみだった。

近くに荒滝不動尊がある。ここでは1月だったか舞台を作って餅まきがあった、私はなぜか積極的ではなかった。最後に米俵が投げられ大人たちが奪い合う。記憶では広く見えた場所も大人になればこんなに狭かったかと思う。

この自然豊かな〈ふるさと〉を父の仕事の関係で小学2年生の1学期が終わって大阪に行くことになる。



− ふるさとは遠きにありて思ふもの
       そして悲しくうたふもの −  室生犀星


−作滝あたり−

〈写真は作滝あたり〉

道の駅に温泉も出来ている、明後日にも行ってみようか。





いいたかの湯地図