16歳の時に単車の運転免許証を取得して以来、
普通免許、大型免許、けん引免許を取った。

けん引き免許は職業に将来的な心配があったからだ。
が、けん引き免許は使うことはなかった。

会社が倒産した時も再建させた。
赤字続きの時も企業とよく話し合い現在に至っている。

それは労働組合がしっかりしていたからである。
リーダーがよければ周りもしっかりしてくる。
そして、いつしか私は労働組合のスタッフの一員として労働運動の道を歩むことになっていった。

ストライキの先頭に立って闘ったこともある。
暴力団に睨まれたこともあり、警察のリストに載ったこともある。
逮捕された青年の母親に運動の理を説いたこともある。
賃金が支払われなくて相談に来た多くの外国人労働者、外国人の労災適用を拒んだ経営者との対応など、日本で働く外国人労働者の要求も解決させた。

そして私達の、
労働条件などは守られなかったことはない。

『くさりの頭はくさりのしっぽ、くさりのしっぽはくさりの頭』