司馬遼太郎氏は21世紀を生きることはなかった。
氏は、「二十一世紀の君たちへ」で次の言葉を残している。



抜粋

「ただ、さびしく思うことがある。私が持っていなくて、君たちだけが持っている大きなものがある。私の人生は持ち時間が少ない。例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない。君たちは、ちがう。二十一世紀をたっぷり見ることができるばかりか、そのかがやかしいにない手でもある。」

「自然こそ不変の価値なのである。人間は、・・・くり返すようだが・・・自然によって生かされてきた。」

「君たちは、いつの時代でもそうであったように、自己を確立しなければならない。
・・・自分に厳しく、相手にはやさしく。
という自己を。
そして、すなおでかしこい自己を。」

「二十一世紀にあっては、科学と技術がもっと発達するだろう。科学・技術が、こう水のように人間をのみこんでしまってはならない。」

「いたわり」「他人の痛みを感じること」「やさしさ」この三つのことばは、もともと一つの根から出ているのである。







問題視されてきたクラスター爆弾や原子爆弾などは人だけでなく自然までも犯す。
企業の利益を追求するあまり公害へと発展し人や自然に大きな影響を与えた歴史があった。
氏は、「人間こそ、いちばんえらい存在だ」「人間は決しておろかではない」と言っている。

日常生活に於いても、上記にある三つのことばを大切にしていかなければならないと切実に感じる。