愛媛県は宇和海に突き出た水荷浦、
生活水を担い運んだことに由来する幅1メートル高さ1.5メートル前後の畑が開墾された。

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宇和島では段々畑のことを段畑(だんばた)と呼んでいる。

当初は開墾した土地に雑穀を栽培したと考えられるが、段々畑化していくのは江戸時代の終わり頃(天保年間)とある。
段畑の石垣化は明治末から大正にかけて盛んとなり、サツマイモから桑へと変わり養蚕が進んだことに端を発す、

昭和30年代にはサツマイモやジャガイモは暴落し30ヘクタールあった段畑は2ヘクタールまで減少するが地元有志による「段畑を守ろう会」が結成されて5ヘクタールまで復活する。


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