角田竹冷(本名真平)は、安政三年(1856)富士郡柚木村に生まれ、沼津で働きながら苦学し、やがて東京へ出て代言人(弁護士)となった。東京府会議員、衆議院議員、東京代言人組合長等多くの公職を歴任したのち、大正八年62歳で亡くなった。

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幼少の頃から俳諧を好み、明治28年、尾崎紅葉らと秋声会を結成、「秋の声」を刊行した。毎日新聞に俳句欄を設けたり、読売新聞の政治面に俳句を挿入したりして評判となった。
また、明治20年6月、日本橋の浜町河岸で起こった箱屋殺しで弁護を引き受けたが、この事件が後に歌舞伎の「月梅薫朧夜」として取り上げられ竹冷役を尾上菊五郎が演じて大きな話題となった。
この句碑は、
「時は弥生 瓢枕に 鼾かな 竹冷」と刻まれている。