「上段の間」とは、奥の一室が座敷より一段(約20僉帽發なっていて、身分の高い人をお迎えする特別な部屋のことで、江戸時代、大名や公家などの宿泊する本陣には必ず備えられていました。

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塚本家に伝わる文書によると、九州肥前(長崎県)で古い家柄を持つ大名、大村藩(二万七千九百石余)によって建てられた家です。大村藩の参勤交代や大村藩とゆかりのある諸大名や武家が、大井川を渡るときに、特別の便宜をはかり、川越しの準備や手続きを代行しました。
その間、大名を座敷の上段の間にお通しして接待し、休憩や昼食をとったことが伝えられています。なお、宿泊は、定められた宿場の宿泊施設以外では原則禁じられていましたので、大名は島田宿内の本陣に泊まりました。建物はその後、修理や改築の手が加わっていますが、基礎や上段の間には当時の様子が残されています。
塚本家歴代の主人の多くは「三太郎」を名乗り、家系の記録では、元禄まで遡りますが、川越し場が開設された当時からの旧家と推察されます。