1903年、小西屋(後の小西儀助商店、現コニシ)の屋敷兼社屋として約3年間の工期を経て完成した。 南は道修町通、西は堺筋、北は伏見町通にそれぞれ面した約315坪の敷地に建設され、道修町通沿いに建つ主屋とその東側に建つ納屋、堺筋沿いには貸家、伏見町通沿いには土蔵と納屋、更に主屋の裏には湯殿が設けられた。

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主屋は、表通りに面して商いを行う店棟と、その奥にある住まいを中庭で結んだ表屋造と呼ばれるものである。完成当初は主屋の一部が三階建となっており、近代大阪の町屋の特徴である土蔵造、三階建、表屋造を備えていたという。

建築当初は堺筋沿いの歩道の辺りまであったが、1911年、堺筋の拡張工事に伴い堺筋に面した約四間分が道路用地として収用された。「軒切り」と呼ばれたこの道路拡張により、その大部分が道路用地となった貸家はそれを機会に撤去され、主屋も西側約3間分が削り取られた。これに伴い伏見町通との角地となった場所に新しく衣装蔵が建てられた。
また1923年に起こった関東大震災を期に、地震への備えとして三階部分が撤去されたことにより、ほぼ現在の外観となった。この時に撤去された三階部分への階段は現在も残されているという。
所在地 大阪市中央区道修町