西鉄門虎口

西の丸から本丸に至る入口で、土橋と桝形を組み合わせた虎口であった。桝形は外門の西黒門、内門の西鉄門からなり、西黒門の脇には二重の伊賀櫓を巡らせた厳重な構造であった。
土橋は両側に土塀を掛けた特異なもので、外側に桜門を設けることで、二重の桝形を構成していた。

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石垣が切れたところには埋門と呼ばれる門があった。周囲には丑寅三重櫓はじめ5つの櫓があって、多門櫓と呼ばれる渡り廊下のようなものでつながれていた。

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現在は日本庭園になっているが、昔は番所や倉庫があった。南西には玉櫓と外郭から入ると鍵の手に曲がった所に二階の櫓門があった。本丸との境には西の鉄門があり、土橋でつながっていた。

 東の丸
現在は商工会議所や公園になっているが、かつては小さなお宮さんがあったと言われている。

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本丸、西の丸、東の丸を取り囲んでいたが順次埋め立てられて現在は本丸と西の丸の周りに残っているのみである。

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内堀と外堀に囲まれたところで重臣の屋敷や藩政の中心機関があった。また周囲には12の小さな櫓が築かれ、北(京口御門)・西(伊賀口御門)・南(中島口御門)に門が設けられていた。
文政3年(1820)には、藩校有造館が置かれた。

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城の内と外を区切る堀で、岩田川から水を取り入れていたため潮の干満で水面が上下した。