黒江には江戸時代末期からの古い町並みが残されています。黒江の町並みの特徴は、切妻屋根の町屋が斜めに構えて軒を連ね、ノコギリ歯のようにジグザグに並ぶ景観にあります。
ノコギリ型の町並みは、通称「川端通り」を中心とした、北側の「西の浜・天王地区」と南側の「南の浜地区」にとりわけ分布しています。

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黒江の地区は古く万葉集に黒牛潟としてその名が詠まれた景勝地で、現在の黒江の地の大半は当時、海でした。
その後、土砂の堆積と地震などによる地盤の隆起により陸地化していきますが、池崎山がある為に、汀(海岸線)が斜めに形成されていきました。江戸時代初期に、当時盛んになっていた漆器業の為に、僅か五年間で計画的に遠浅であった干潟が埋め立てられ漆器従業者の宅地などが形成されていきました。
海岸線沿いに埋め立てがなされ、町の中央には自然に出来ていた水路が堀川として整備され、配されました。堀川は現在、川端通り下に暗渠にされています。

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町は堀川に平行する幾筋かの通りと、汀に平行する小道で楯横に区画されました。しかし、この楯横の道が直交して交わらず、平行四辺形の町割り・宅地割りとなりました。
その為に、四角い家を建てるとその前に三角形の空き地が出来るようになったと推測されます。この他に、方位説、漆器製品や手押し車など物の置き場所説などがあります。しかし、これらの説明には矛盾するところが多く、ノコギリ潟の町並みの形成要因ではなく、家の前の三角形の空き地活用方法との混同ではないかと考えられます。