収塚(おさめずか)古墳は仁徳天皇陵古墳の陪冢の一つで、もとは前方部が短い帆立貝のような形をした前方後円墳でした。郷と前方部の形は地面のブロックの色を変えて表し、当時の姿を表し、当時の姿を示しています。
墳丘や濠からは、円筒埴輪や朝顔形埴輪、高杯や器台などの須恵器が見つかりました。また、かつて後円部には鉄製短甲の破片が散らばっていたとも伝わっています。

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