いたすけ古墳は百舌鳥古墳群のほぼ中央に位置しており、墳丘が3段に築かれ、南側のくびれ部には造り出しがあります。

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百舌鳥古墳群では第2次世界大戦後の開発によって古墳が次々破壊され、1955年にはいたすけ古墳で宅地造成計画がもちあがり、濠に残る橋は古墳を削って土を運び出すために架けられたものです。
まもなく、いたすけ古墳破壊をくい止めるために市民による保存運動が起こり、その中心を地元の学校の教員や生徒たちが担いました。運動が始まって2ヶ月あまり、堺市がいたすけ古墳の土地を開発業者から買い上げる決定をし、1956年5月には国史跡に指定されました。
保存運動のさなかに後円部でみつかった衝角付冑型埴輪(市指定有形文化財)は、堺市の文化財保護のシンボルマークとなっています。

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