「巌流島の決闘」
慶長17年(1612)4月13日、舟の形に似ていることから「舟島」と呼ばれる彦島沖に浮かぶ小島で、武蔵・小次郎が雌雄を決した。小次郎の物干し竿に対すべく武蔵は行きの船上で櫂を削る。試合開始が午前8時にも関わらず陽が高く昇りきったころ武蔵は舟島へ。「武蔵 遅参とは何事か 臆したか」というや物干し竿を抜き打ち鞘は波間へ、それを見た武蔵はにやりと笑い叫んだ。「小次郎破れたり」

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関門海峡に浮かぶ巌流島の正式名称は「船島」。下関市の彦島江の浦東岸250辰砲△蝓∨銘爾望山があるほかは平らな島で、現在は無人島です。この島で、宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘し、敗れた佐々木小次郎の流儀「巌流」をとって巌流島と呼ばれるようになりました。