何年にも渡って野麦峠に行ってみたいと思い続けていた。2007年10月14日、午前8時過ぎに野麦峠に立つことができた。

野麦峠 岐阜県側から長野県側を見る
標高1672辰里海殻酣峠は信州との国境、明治大正時代にはこの峠を越え長野県の製糸工場へ大勢の飛騨の女性が糸引きの出稼ぎに向かいました。厳しい労働条件の中で病に倒れ兄に背負われ峠を越え飛騨へ帰る途中、「あゝ、飛騨が見える」と言って息途絶えたと言う秘話は有名です。
ここから西方(飛騨)に位置する野麦の集落へは約6劼了各擦続く。

s-DSC_0184

旧野麦街道を長野県側に下ってみた。

江戸時代、松本と飛騨高山を結ぶ道は信州側では一般に「ひだみち」と呼ばれ幾つかのルートがありました。
松本から、入山、古宿、野麦峠を経るルートも利用されていました。この道が一般的に野麦街道と言われ松本から野麦峠までの呼称となっていました。
野麦峠を越える道は、当時天領であり代官所があった飛騨国高山と江戸を結ぶ道として利用されるとともに、信濃から米、清酒などが、飛騨からは(ブリ・飛騨と呼ばれた)、塩等の海産物や曲物、白木などが運ばれました。
明治期に飛騨三郡と中南信の四郡が一緒になって築摩県が置かれると、本庁のある松本と支所のある高山を結ぶ連絡道路としてこの道は重要視されました。また、岡谷をはじめとする諏訪地方で製糸業が盛んな頃は、飛騨地方の女工たちが往来する道でもありましたが主として利用されたのは入山を通るルートでした。

s-DSC_0204