茶室「麟閣(りんかく)」

今からおよそ四百年前、わが国茶道の大成者である千利休は、豊臣秀吉の怒りに触れ死を命じられました。この時、豊臣秀吉の怒りが千家一族へ及ぶのを恐れた会津領主 蒲生氏郷は利休の子、小庵を会津に匿い千家が再興できるように秀吉に願い出たのです。
その結果、秀吉の怒りが解け千家再興が許されました。この蒲生氏郷の恩義に報いるべく小庵が建てた茶室が「麟閣」と伝えられています。

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また、再興が許されたのち千小庵の孫により、武者小路千家、表千家、裏千家の三千家が興され現在の隆盛を見るに至りました。