江戸幕府からの命を受け北方探索に赴いた間宮林蔵は、1809年間宮海峡を発見して樺太(現・サハリン島)が島であることを確認しました。
この発見は当時の世界地図の空白を埋める偉業であり林蔵は世界地図にその名を残しました。その後、師である伊能忠敬の事業を引き継ぎ、蝦夷地の地図作成にも多大な貢献を果たしています。

このブロンズ像は、彫刻家・峯孝氏の作品で、林蔵が樺太へ渡る決意を秘め、遙か海の彼方を見つめる姿を表しています。

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