1923年8月、宮沢賢治は、この年の5月に就航したばかりの稚泊連絡船で宗谷海峡を渡り、樺太(現サハリン島)を旅しました。前年に最愛の妹・トシを亡くした傷心の賢治は、この旅をモチーフに多くの詩を残しています。
この碑に刻まれているのは未定稿の門語詩『宗谷(二)』の一説で、彼の心情がみごとに凝縮されています。この碑を建立したのは宗谷要塞砲兵連帯宗谷会の人達で僚友の霊に対する深い哀悼と平和への祈りを込めてこの碑を「平和記念碑」命名しました。”サガレン”は、サハリンの古い呼称です。

s-CIMG4131