知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

立待岬


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18世紀末に幕府が蝦夷地を直轄すると、警備の為、ここに台場が築かれたことがある。
また、第二次世界大戦中は要塞地帯法により市民は立ち入りが禁じられていたとある。

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与謝野寛・晶子歌碑

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恵山岬

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立待岬のつもりでナビをセットしたら恵山岬に着いた。再度、立待岬を検索して、「何だ こんなに近かったのか」

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恵山岬灯台
1890年(明治23)点灯   位置 北緯41度48分55秒 東経141度11分00秒

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ノシャップ岬(野寒布岬)

野寒布岬(ノシャップ岬)は、北海道稚内市ノシャップにある岬、

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アイヌ語でノッ・シャムといい「岬が顎のように突き出たところ」「波の砕ける場所」の2つの意味があると伝えられ夕日の美しい景勝地として知られている。天気の良い日は利尻富士や礼文島も一望できる。

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ノサップ岬(納沙布岬)は根室市にある北海道最東端の岬でノシャップ岬(野寒布岬)は、北海道稚内市ノシャップにある岬、現地に立てばノサップ岬は岬という感があるがノシャップ岬は漁港の横にある公園のようだ。

地図で見れば岬であることが良くわかる。

宗谷岬公園(供

ラペルーズ顕彰記念碑

1785年、フランス国王ルイ16世は世界海洋科学調査航海を命じ、海軍士官のラペルーズ伯爵がこの航海の指揮にあたりました。
1787年、2隻の艦艇を率い、北海道北部の海上を探査通過時に、北海道と樺太(現サハリン)の海域に海峡を発見し、世界海洋界はこの発見と航海者の功績を讃えてこの海峡をラペルーズ海峡と命名しました。

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祈りの塔(大韓航空機撃墜事件)

1983年9月1日、ニューヨーク発アンカレッジ経由ソウル行き大韓航空007便ボーイング747型旅客機は定められた航路を大きくそれ、ソビエト領空を侵犯しソビエト戦闘機のミサイル攻撃によりサハリンモネロン島付近で撃墜された。
日本時間午前3時26分頃、同機に乗っていた乗客240名と乗員29名計269名の全員が死亡した。
日本人犠牲者は28名、在日韓国人1名、乗客の国籍は16ヵ国に及び平時の民間航空の惨事としては史上最大級のものであった。

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宮沢賢治文学碑

1923(大正12)年8月、宮沢賢治はこの5月に就航したばかりの「稚泊連絡船」で宗谷海峡を渡り樺太(現サハリン)を旅しました。前年に最愛の妹・トシを亡くした傷心の賢治は、この旅をモチーフに多くの詩を残しています。

この碑に刻まれているのは、未定稿の文語詩「宗谷(二)」の一節で、彼の心情がみごとに凝縮されています。
備考 サガレンはサハリンの古い呼称

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宗谷岬灯台

この灯台は1855年(明治18年)に点灯しました。
最初は八角形鉄造灯台でしたが、1911年野火のため全焼し翌年再建され、さらに1954年に改築され現在に至っています。
ここには光の灯台、音の灯台、電波の灯台があり北海道で3番目に古い灯台です。

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宗谷岬公園(機

 旧海軍望楼

この望楼は1902年(明治35年)に旧日本海軍が建設したもので、当時最強といわれたロシアのバルチック艦隊の動きを監視するという任務が課せられました。

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 平和の碑

1943年宗谷岬の沖合で日本とアメリカとの間で5時間に及ぶ戦いが繰り広げられました。この時、旧日本海軍の攻撃でアメリカ海軍潜水艦「ワフー号」が乗組員80名を乗せたまま撃沈されました。

そのワフー号は日本海を北上してきましたが、その途中、関釜連絡船「箟崙丸」をはじめ商船などへの攻撃を繰り返し、多くの日本人が犠牲になりました。この碑は日米両国の人々が戦いで亡くなられた方々を慰霊するために平和を願う両国民が合同で建立したものです。

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 あけぼの像

北海道の牛乳生産量100万トン突破を記念して建立されたもので、彫刻家・峯孝氏の作品で、牧柵の前で若い男女が果てしなく広がる宗谷丘陵を見つめながら力強く立っており、天北酪農の夜明けを象徴しています。

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当地における開拓は、明治中期に始まり末期には雑穀、馬鈴薯など畑作中心の農業が確立されましたが冷害などで苦労が絶えず実りが少なかったことから昭和20〜30年代から酪農への転換が進められました。

宗谷岬

日本最北端の地の碑
この碑は私たちが自由に往来できる日本の領土地しては最も北に位置する宗谷岬の突端にあり、北緯45度31分22秒に建てられています。北極星の一稜を象徴した三角錐をデザインしており、中央のNは北を、台座の円形は「平和と強調」を表しています。

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対岸のサハリン島クリリオン岬迄は43キロほどの距離で天気の良い日は宗谷海峡の彼方に、かつての日本領(樺太)だったその島影を望むことができます。


間宮林蔵の立像

江戸幕府の命を受け北方探索に赴いた間宮林蔵は、1809年に間宮海峡を発見して、樺太(現サハリン島)が「島」であることを確認しました。
この発見は、当時の世界地図の空白を埋める偉業であり、林蔵は世界地図にその名を残しました。

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その後、師である伊能忠敬の事業を引き継ぎ、蝦夷地の地図作成にも多大な貢献を果たしています。


「宗谷岬」音楽碑

碑面に、歌詞と楽譜が刻まれているのは、ここ宗谷岬の春の光景を歌った郷土の歌「宗谷岬」です。
地元の吉田弘さんが詩を作り、船村徹さんが作曲しました。「宗谷岬」は最果ての旅情をかきたてる叙情歌として歌い継がれています。

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宗谷岬に最北のガソリンスタンド「安田石油店」がある。そこで貰った給油証明書と写真の手作りの「おみやげ」、

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備考 北緯45度上にある世界の都市を挙げると、イタリアのミラノ、カナダのモントリオール、フランスのリヨンんど、東京は北緯35度、石垣市は24度に位置しています。 

ノッカマップ岬

北海道道35号線根室半島線を納沙布岬から根室市街方面に走っていると案内板があったので入ってみた。

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舗装されていないが4輪駆動なのでなんなく入っていける。

ノッカマップ埼灯台

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岬と感じるような地形ではなかったが、見えなかったが海の向こうには国後島がある。

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ナビの表示は根室市牧の内付近となっていた。

備考 ノッカマップ岬は灯台以外何もないが、過去の歴史には
    「1789年当時の松前藩から蝦夷地の交易を一任された場所請負人の不当な交易や強制労働に
    対して憤りを爆発させた国後島のアイヌとこれに呼応したメナシ(現羅臼・標津付近)のアイヌが蜂
    起し和人商人を襲撃、松前藩はこれを鎮圧し(クナシリ・メナシの戦い)蜂起に参加した者をこのノ
    ッカマップに集め取り調べを行った後、首謀者とされた37名をここで処刑しました。これ以降和人
    の蝦夷地支配は決定的なものとなっていきます」とある。

日出ずる国(納沙布岬)

「日出ずる国」、日本最東端の納沙布岬は一番早く朝日が昇る。
根室の日の出は、6月だと午前3時30分過ぎで沖縄の那覇よりも約2時間も早いといわれる。

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 納沙布岬灯台

1872年、北海道で最初に点灯した灯台で、光源は石油からアセチレンガスそして電気へと変わっているがレンズは当時のままと説明される。

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納沙布岬は、北海道最東端にあたり珸瑶瑁(ごようまい)水道を隔てて北方領土の歯舞群島と対峙する。
地名はアイヌ語の「ノッシャム」(岬の傍らにあったコタン)に由来するとある。

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 昆布漁

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  望郷の岬公園

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備考 望郷の岬公園には北方領土返還運動による「四島のかけ橋」や、望郷の家、北方館、物産館など
    があるが望郷と聞けば、
    韓国の国境の展望台でみた石碑に「望郷」と題名が書いてあった。後はハングル文字なのでわか
    らなかったが韓国人の知人に聞いたが難しいと言うのみであった。

襟裳岬

 苫小牧から襟裳岬に向かう、何と清々しい朝か、日高地方は牧場が多い。

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 この地方のバス停、冬の風と寒さが想像できる。

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 これが襟裳岬か、8時前に到着する。

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 遊歩道を歩くと灯台が近くなる。

 
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 遊歩道で見た草花

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 襟裳岬最先端

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岬の分教場

明治35年(1902)8月、田浦尋常小学校として建築された切妻瓦葺平屋建校舎1棟で2教室と教員住宅であった。
明治43年(1910)からは苗羽小学校田浦分校として使用され、昭和46年(1971)3月24日廃校となる。

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小豆島出身の壺井栄の小説「二十四の瞳」の映画の舞台となってから一躍有名になり脚光をあびる。

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昭和29年松竹映画「二十四の瞳」(監督 木下恵介 主演 高峯秀子)の撮影が行われる。

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備考 当地を訪れ私が通った分校が思い出され暫くのあいだ脳裏から離れなかった。その分校は「たん
    れ」と言われていたところの高台にあり、子供の足で約1時間の道程、5年生から本校に通うことに
    なっていた。

    一年生の時の担任は女先生(当時はそう呼んでいた)で私は二年生の一学期に父の都合で大阪
    に引越した。
    就職した頃、先生が懐かしく聞いて貰ったところ、結婚して三重県の津市に住んでおられると聞き
    訪ねたことがある。

    8月24日(日)21時からテレビ朝日系列で「二十四の瞳」(主演 松下奈緒)が放送される。
    撮影地は映画村を中心に小豆島の四国側一帯に及ぶ。
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