【ちち】

     ちちの実の
     父の命 ははそばの
     母が命 おぼろかに こころ尽くして ・・・

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「ちち」が詠まれた万葉歌は二首あるが、いずれも長歌で植物名には他説があり「ちちの実」から「乳」を連想して白い汁のでる「犬枇杷」・「無花果」、乳房状の気根が垂れ下がる「銀杏」などが推定されるがはっきりとはしていない。「銀杏」については中国原産で室町時代の渡来とされ、万葉時代の日本には見られないとする説があり「イヌビワ説」が有力とされている。

「イヌビワ」はバラ科のビワと違って、クワ科のイチジクの仲間に属する。暖かい地方の海岸の丘陵地などに自生する高さ2〜4メートルの雌雄異株の落葉低木で、初夏に卵形の花のうを付けるがイチジク同様に花は花のうの中にあって見えない。これが別名「コイチジク」と呼ばれる由縁である。
秋から冬にかけて黒紫色に熟すが、二つに割って食べるとさっぱりとした甘さで「無花果」そっくりである。

 【つぎね】

     つぎねふ 山城路を
     他夫(ひとづま)の 馬より行くに己夫(おのづま)し
     歩(かち)より行けば 見るごとに 哭(ね)のみし泣かゆ

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「つぎね」の意味は古来より様々な解釈がされており「数多く続く嶺々」とか「つぎねの生えている場所」と言う解釈をしたり、植物名の「一人静」・「二人静」などを指すとする説などがあり難解とされている。
「一人静」は山地の日陰に自生する多年草で茎の高さが20センチ程度、早春に輪生する4枚の葉が開ききらないうちに中央から花軸が一本出て白い花糸が3センチほど付く。

別名で、「眉掃草(まゆはきぐさ)」と呼ばれ、また「吉野静」の名でも呼ばれる。「静御前」が吉野山で義経と別れて捕らえられ勝手明神で舞うさびしい姿に見立てた命名と云われる。

 【やまあゐ】

     級(しな)照る
     片足羽川の さ丹塗りの 大橋の上ゆ
     くれなゐの 赤裳裾引き やまあゐもち
     摺れる衣着て ・・・

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「山藍」は山地の木の下などに群生する雌雄異株の多年草で、葉は濃い緑色をしている。
早春に緑白色の小さな穂状の花を付け、昔はこの草の生の根を搗いて汁を取り衣を染めた。白い根は乾燥すると藍色になり染める力は弱いが藍染めに使う栽培種の「タデアイ」に対し山に自生するので山藍の名が付く。