この「米金の金時」は南紀荘平氏の作で、大正の初め頃、東山に竈を築いて焼きあげたものです。高さ2メートル余り、このように大きな陶像は全国的にも珍しいものと言われています。

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荘平氏は大正時代の初め、九度山の有志らの後援で東山に本竈を築き、陶器にその生命をうちこみました。彼は、竈場の小屋に住み入り口に「我が家をきぎすの籠とそしれども、月もさしこみ花も散りこむ」と書いた札をぶら下げてありました。
大正7年には瀬間のくぬぎ山をひらいて新しい竈場を作りましたが、翌年、那智山不老軒から招かれて銀竜焼を創始し、大正9年40歳で亡くなりました。
彼の作品は大小さまざまの仏像や動物などの立体ものをはじめ、茶器、香ろう、、皿、壺などの器の類も九度山の土味を生かした彼独特の野趣あふれたもので九度山焼または荘平焼と呼ばれています。