知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

伊藤博文

慶雲館

1887年(明治20年)、明治天皇行在所(一時的な滞在に使用する施設)として実業家の浅見又蔵により建設され、館名は当時の総理大臣であった伊藤博文の命名と伝わる。本庭の池泉回遊式庭園は名匠7代目小川治兵衛の代表作である。

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 大燈籠
 推定重量は20トンの自然石の石燈籠、慶雲館には巨石がふんだんに使われているが、いずれも近江
 の石切場として良材を産出してきた滋賀県志賀町から琵琶湖上を舟で運ばれたと伝えられる。

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長浜は4回行っているが慶雲館の門を入るのは初めてのこと。2011年1月に旧長浜駅舎を見学した際、慶雲館の門が格式高く見えたので記憶に残っていた。
今回は、梅の盆栽展が開かれていたので前庭を見学することができました。

後で調べると、   本庭   池泉回遊式、築山・池泉・枯泉と豪壮な石組、松が調和する。
         玄関前庭   平庭、茶室(1887年(明治20年)竣工)、巨石と松を配置。
            前庭   平庭、高さ5メートルの大灯篭や横綱像などを配置。

本庭があることを知っていたら入っていたが、今は盆栽に興味が無く前庭のみの見学となった。

萬世永頼

旧北陸本線の柳ヶ瀬トンネル東口(滋賀県伊香郡余呉町)にあった石額。

萬世永頼

伊藤博文の題字
 【萬世永頼】   万世永く頼む
意味
この鉄道が世のために働いてくれることをいつまでも長く頼りにする。
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