ここは紀州街道と信長街道が交差しているところで、信長街道の起点にもなっています。常夜灯は交通の要衝に建っています。

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常夜灯の右側(南側)には、正面に両皇太神宮、右側面に文政十三寅年(1830年)三月吉日、左側面に金比羅大権現、裏面に願主、村中御蔭連中と書かれています。
文政13年は「文政のお蔭参り」の年に当たり、全国から430万人もの人々が伊勢神宮に参拝しました。願主 村中 御蔭連中とあることから、当時の市場村からもかなりの人数が伊勢参りをしたことが推察でき、この常夜灯は村人の伊勢参宮での道中の安全を祈願する為に建てられたものと考えられます。
中央は、正面に太神宮、右側面に寛政二庚戌(かのえいぬ)年(1790年)正月吉日とあります。左は正面に、奉献、両神宮とあり、右側面には文化十二乙亥(きのとい)(1815年)五月とあります。

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これらの常夜灯は、江戸時代から平成4年まで約200年間、両宮常夜灯講の人々によって守られ、もともと常夜灯というのは、灯りがなかった街道筋に建てられ、旅人の安全を見守ると同時に宿場の目印でもありました。それが、街灯が整備された平成まで続いたということは驚くべきことです。電気による自動点灯式になりましたが、今でも常夜灯の役目を果たしています。