知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

函館

北海道一周旅行を終えて

松前から函館に戻った私は、

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摩周丸を見学した。

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その足で道央自動車道で室蘭に向かった。

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地球岬から樽前山登山口まで、

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そして、支笏湖からオコタンペ湖を経て、

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ウトナイ湖で夕方まで過ごし帰りのフエリーに乗り、私の北海道一周の旅は終わった。

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旅行が終わり今考えていること

一度目の北海道は、研究会の会合が札幌と定山峡温泉で行われた際、小樽を観光したことがある。
二度目の一周旅行では内陸部には行っていない、そして見られなかった景色がある。
それは北海道の冬景色だった。今計画しているのは来る1月に内陸部に行くこと。

すでに飛行機のチケットと一日目のホテルは予約済みとなっている。
まだ時間はあるが、寒さがどの程度のものなのか解らないこともあるが準備は万全を期したい。

テーマは「冬タビ 北の大地」はどうだろうか。

土方歳三

新撰組副長として鳥羽伏見の戦いの後、新撰組を率いて各地を転戦して北上し仙台で旧幕府海軍副総裁榎本武揚が指揮する脱走艦隊と合流した。

土方歳三最期の地

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1868年10月、蝦夷地に上陸した榎本軍は函館を占拠して新政権を樹立、土方歳三は陸軍奉行並の要職についた。

明治2年4月、新政府軍の総攻撃に榎本は各地で敗退したが土方が守った二股口だけは最後まで落ちなかった。
同年5月11日、函館も政府軍の手に落ち、土方は函館奪回を目指し50名の兵を率いて一本木の関門を出て函館の市中に向い敢然と切り込んでいったが銃丸に当たって倒れ波乱に満ちた生涯を閉じた。時に35歳であった。
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