「文久3年軍艦奉行勝安房守紀州藩海岸防衛工事監督のため幕府より和歌山に派遣せられし時此処に寓居す時 に門下坂本龍馬も亦来りて事に従ふ」

文久3年(1863)、軍艦奉行であった勝海舟は幕府より紀州の砲台検分を命じられ、(当時、日本は長年の鎖国から開国へと体制が変わり、外国船が来航するなか)海に面した紀州は砲台(和歌浦・加太)を築き防衛を強化する必要がありました。勝海舟は数日間、両替商「清水平右衛門」邸に仮住まいをして、その任に当たりました。
坂本竜馬も勝海舟を訪ねこの地に来たとされています。


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