1868年に神戸港が開港し、外国人用の居留地が設けられ、当時、清国との間には通商条約を結んでいなかったため、華僑は居留地内に住むことを許可されず西隣に住み始めたのが南京町の始まりとされてる。

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南京町の中央通りは、十字路になっていて中央の広場には「あずまや」、東は「長安門」、西は「西安門」、南は「南楼門」という名前の門がある。

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神戸大空襲で全焼し戦後は主に進駐軍相手の歓楽街として復興したが、その名残もあって退廃化が進み、1970年代までは路地の舗装もされず、周辺には船員向けのバーが立ち並び夜になれば街娼が立つようなエリアとなっていたようだ。

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横浜中華街、長崎新地中華街とともに日本三大チャイナタウンの一つに数えられ、東西約200m、南北110mの範囲に100余りの店舗が軒を連ねる。

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横浜中華街、長崎新地中華街、神戸元町南京町と行っているが、長崎新地中華街が何となく合うような気がする。