慶長20年(1615)の豊臣方と徳川方が戦った大坂夏の陣の樫井合戦で討死した塙団右衛門直之の五輪塔である。団右衛門は尾張国羽栗の人で加藤嘉明に仕え、朝鮮の役で軍功をあげ名を知られたが、関ヶ原の戦い(1600年)以後浪人して僧となり鉄牛と号した。

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大坂夏の陣(1614年)が起きると豊臣方に属し大坂城に入城した。慶長20年4月、夏の陣がおこると豊臣方は徳川方の紀州和歌山城主浅野長晟の軍と戦うべく紀州に進んだ。
団右衛門は先鋒隊をひきいて4月29日早朝熊野街道を南下し、待ち構える浅野軍に突入した。安松、岡本、樫井で激戦が展開されたが、大坂方は敗れ、団右衛門はこの地で討死した。ときに48歳という。
団右衛門を討ったのは上田宗箇、亀田大隅あるいは八木新左衛門などの説があり一定しない。

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