知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

大和街道

法花一字一石塚(大和街道)

法花一字一石塚

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法花全部一字一石塚

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田村造酢
和歌山県は日本一の柿産地であり、中でも紀北地域の特産品となっています。柿果実を利用した「柿酢」には、カリウムやポリフェノールが豊富で健康飲料としても注目されています。

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大和街道妙寺付近

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大和街道

旧大和街道

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初桜酒造(登録有形文化財)
江戸時代の中頃から紀の川上流地域で生産された米を原料として造られてきた風味豊かな清酒「川上酒」、醸造元の初桜酒造は、この伝統を守り、手造りのお酒の良さを今に伝えています。「高野山般若湯」が人気商品です。

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飛び超え石

「まつち」は大和と紀伊國との境の地である。
真土山の西には国境となる落合川の流れがある。その流れが狭まり「飛び超え石」とも呼ばれる大岩の窪みを流れている。
萬葉の時代の旅人はこの岩を跨ぎつつ、都の家族や旅先への思いを馳せた。(写真左大和右紀伊國)

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大和街道

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大師井戸(冷水)

横笛の歌

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大師井戸(ひやみず)
弘法大師は高野山草創のみぎりこの地をお通りになり、飲料水の不自由を哀れに思われこの井戸を作られたという。
干ばつで付近に水が無くなってもこの井戸水は絶えたことがないと云われている。
昭和28年に水道が出来るまで近辺三十余戸感謝し飲料す。冷たいので別名「冷水」の名あり、中段より下原形なり、深さ一米周囲五米、裏の坂は万葉の古道で冷水坂という。

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旧名手宿本陣妹背家(国指定重要文化財)

妹背家は中世以来紀伊八庄司に数えられた名家で、名手荘及び丹生谷を領した土豪であった。

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1619年、徳川頼宣が紀伊の国に藩主として入封に伴って在地の由緒ある者を地士として処遇したときに妹背家は地士頭の扱いを受けた。

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また、1630年からは名手組(十九ヶ村)の大庄屋に任せられ江戸時代末期まで世襲的に務めた。

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妹背家は、名手市場村にあり大和街道に面しており、1622年紀州徳川藩から本陣とされ藩主の参勤交代の宿泊所や御鷹狩り等の休憩所として使用された。

座敷風呂

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記録によれば、1714年の市場村火災の類焼後、主屋は1718年に藩主徳川宗直を迎えるために新築したもので、御殿は延亨三年に増築され、1751年には「こけら葺」を瓦葺に改められている。
主屋の西方南北に江戸時代の土蔵が二棟並んでいる。

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主屋、御殿部、土蔵とも保存がよく、建築年代が明らかであって大和街道沿いにおける本陣の遺構としての価値が高く、屋敷北側の郡役所もこの時代に建設されており、旧名手本陣の規模を知るものとして貴重であると記されている。
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