知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

宇和島城

宇和島城天守(国重要文化財)

1596〜1601の藤堂高虎創建時には大半が海に面する地形を巧みに活かし、石垣や天守、矢倉は、1615年に入部した伊達家により修築された。

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現在は道路の辺りがかなり埋め立てられていると聞いた。

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丘陵とその一帯に山頂の本丸を中心に二ノ丸、藤兵衛丸、代右衛門丸、藤兵衛丸、長門丸を中腹に配置し、麓の北東に三ノ丸、内堀を隔てて侍屋敷が置かれた。
外郭を廻らせる梯郭式の平山城で、東側に海水を引き込んだ水堀、西側半分が海に接していた。

上り立ち門(宇和島城)

宇和島城の城門の一つで搦手口から城への登り口に位置している。建築様式は薬医門形式の切妻、本瓦葺きで丸瓦には伊達家の九曜の紋がついている。

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諸矢倉、追手門、搦手門などの失われた今日において、上り立ち門は天守閣とともに宇和島城の大切な遺構となっている。

山里倉庫

この建物は旧宇和島城内の調練場の一廓にあって武器庫に使用されていた。伊達家八代藩主宗城の時代に建造された。
旧城内唯一の遺構である。

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建造年代 1845年(弘化二年)   構造形式 木造切妻造り
面積    六九.二九坪        解体移築 昭和四十二年八月
現在は郷土資料館として資料、民具類を展示している。

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私が訪れた時には担当者が常駐しており丁寧な説明を受けた。
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