この住宅は、元、奈良県宇陀市室生区上笠間にあった農家です。当家の口伝によれば、その昔、代官を務めた子孫と伝えられています。
この主屋の建築年代は解体中に発見された祈祷札から文政13年(1830)頃と考えられます。室生地区笠間は、当村山間を通る伊勢三街道の内、笠間越えと称する街道が、当地区中央部を東西に通っていました。
当主屋は、この街道を見降ろす丘陵の中腹に、南南東を正面に建てられていました。

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この主屋は、間口五間半、奥行四間の規模で、入母屋造りの藁葺きでふきおろした素朴な外観を呈しています。
間取りは向かって右半が土間、左半が居室4室です。土間部には表側の隅に馬屋(牛小屋)、この東側は風呂場が付設されています。さらに土間奥には板敷きのひろしき・カマド・流しを設けています。
居室の4室は表側2室、裏側2室で、表側の上手の部屋には床・仏壇・押し入れが付いています。また、吹き放しの縁が表裏につき、このうち、表側の西端に便所を設けています。尚、この建物の特色は、平面は間口方向に喰違う四間取りで、前座敷型三間取りから発達した間取りです。構造は表側の上屋筋に柱を立て、せがい風の小天井を造るが、背面の柱筋では差物・梁で受けて柱を抜き、居室と土間を広く取り込む構造法です。