大阪狭山市名誉市民で、文化勲章受章者の末永雅雄博士は1897年に狭山池の畔に生まれました。
少年時代に狭山池須恵器の破片を採取した末永博士は1926年、29歳のときに狭山池改修工事に伴う中樋放水部の発掘調査を指導しました。

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この時に出土した古墳時代の石棺が、鎌倉時代の重源が伏せた「石樋」であると考察した。奈良県石舞台古墳、唐古・鍵遺跡、高松塚古墳等の発掘調査、古代の武器・武具に関する研究、古墳の航空査察、橿原考古学研究所の創設と後進の育成等、偉大な業績を積み重ね、日本考古学の礎を築きました。
限りない情熱を学問に傾注し、郷土狭山をこよなく愛し続けた末永博士は『狭山町史』の編さんや狭山町立郷土資料館の開設と学術指導に尽力されました。