知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

松江城

松江の城

1607年から5年の歳月を費やして堀尾吉晴によって築城された。
松江城は千鳥城ともいい、堀尾氏、京極氏、松平氏によって出雲国を領した。

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寄木柱
肥え松の一本柱の外側に板を揃えて寄せ合わせ、これを鉄輪で締めて太い柱が作られている。この柱の方が力学的に強く苦心の力作である。

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桐の階段
板の厚さ10センチ、階段の幅1.6メートル、階段を引き上げたり、防火防腐のために桐を用いた。

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望楼からの展望

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打ち込み接(松江城石垣)

島根県庁は観光客に土日祭は駐車場を開放している、全ての駐車場ではないので要注意。

松江城の石垣は、「野面積み」と「打ち込み接」(全体の6割)という石積み手法で城は5年で完成したが、そのうちの3年を石垣に費やしたといわれている。

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※ 野面積・・・自然石や割石を積む方法
※ 打ち込み接(はぎ)・・・石切り場で切り出した石の平坦な面の角を加工し合わせやすくした積み方

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石に刻まれた刻印は堀尾家の紋で、工事の分担や石切場の区、別合わせ印など土木工事を円滑組織的に行うために付けられた記号と考えられるとしている。

北惣門橋(松江城)

 北惣門橋は内堀の東側にあった家老屋敷と城内を結ぶ重要な通路であった。

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明治時代に石造りのアーチ橋に変わり「眼鏡橋」と呼ばれていたが、史跡にふさわしい木橋とするために橋下の発掘調査や絵図・文献資料を検討して現在の橋が復元完成した。
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