江戸時代末期元治元年(1864)、この門の周辺で長州藩と御所の護衛に当たっていた会津藩、薩摩藩、桑名藩との間で激戦が行われた。

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この戦いが「禁門の変(蛤御門の変)」で、この門は新在家門といわれていましたが、江戸時代の大火でそれまで閉ざされていた門が初めて開かれたため、「焼けて口開く蛤」にたとえて蛤御門と呼ばれるようになったと言われています。

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