幾山河 こえさりゆかば 寂しさの
はてなむ国ぞ けふも旅ゆく 牧水
歌人若山牧水は、明治18年宮崎県に生まれ、旧制延岡中学時代から短歌に親しみ早稲田大学在学中に中国路を旅し、この「幾山河」の歌を作った。24歳のときに出版した歌集「別離」が歌壇に認められ一躍世に出た牧水は大正9年夏一家を挙げて沼津に移住した。
その後、千本松原の景観に魅せられ、この松原にほど近い地に新居を構えた。旅と自然に親しみ、酒をこよなく愛した牧水は調べの美しい多くの名歌を残し昭和3年43歳で永眠した。
はてなむ国ぞ けふも旅ゆく 牧水
歌人若山牧水は、明治18年宮崎県に生まれ、旧制延岡中学時代から短歌に親しみ早稲田大学在学中に中国路を旅し、この「幾山河」の歌を作った。24歳のときに出版した歌集「別離」が歌壇に認められ一躍世に出た牧水は大正9年夏一家を挙げて沼津に移住した。
その後、千本松原の景観に魅せられ、この松原にほど近い地に新居を構えた。旅と自然に親しみ、酒をこよなく愛した牧水は調べの美しい多くの名歌を残し昭和3年43歳で永眠した。