この場所は薗字茶免という地域(和歌山県御坊寺内町内)で、下川が旧御坊村と薗浦との境界付近を流れ、「茶免」と呼ばれるようになったのは、昔、米があまりとれず租税が免除され茶を作っていたからとか、御茶好きの庄屋が役人と茶を飲みながら話をつけた結果、免税になったなどの説がある。

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かつて、この場所にはイチョウの大木とともに「茶免の地蔵堂」がありましたが、平成24年の下川河川改修事業に伴い周囲にあった浄瑠璃の名手豊竹君太夫(紀国太夫)の碑や水害の碑などとともに百メートル南に移転した。