明治32年、小諸義塾の教師として小諸に暮らした島崎藤村夫妻が水を汲みに来た井戸です。その頃は、ロープと桶で水を汲み上げる「つるべ井戸」でした。
「信州の小諸で暮らした7年間のことを考えてみても、先ず自分の胸に浮かんで来るのは、あの小諸の住居の近くにあった井戸端です。」と島崎藤村は書いています。

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お嬢さん育ちであった冬子夫人が、てぬぐいを頭にかぶり着物を尻っぱしょりをしてつるべ井戸から水を汲み、手桶をさげて持ち帰る姿を近所の人は毎日見ていました。冬子さんも近所の人達との井戸端会議の輪に入っていたということです。
島崎藤村はこの場所のことを次のように文章にしています。
「夜九時過に、馬場裏の提灯はまだ宵の口のように光った。組合の人達は、仕立屋や質屋の前あたりに集まって涼みがてら祭りの噂をした。この夜は星の姿を見ることが出来なかった。蛍は暗い流れの方から迷ってきて、町中を飛んで、青い美しい光を放った。」(島崎藤村「千曲川のスケッチ」より)