藤樹書院は、江戸時代の陽明学者の中江藤樹(1608〜48)が開いた私塾で、門人たちに講義する場所として建てた会所が手狭になり新築した。
当時の建物は1880年の大火で近在の農家34戸と共に焼失し、現在のものは1882年に再建され元の建物よりも規模が小さくなっている。

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「藤樹規」及び「学舎座右戒」がつくられ、「藤樹規」には、

一、大学の道は、明徳を明らかにするに在り。民を親しむに在り、至善に止まるに在り。
一、天命を畏れ、徳性を尊ぶ。
一、博く之を学び、審らかに之を問い、慎んで之を思い、明らかに之を弁じ、篤く之を行う。
一、言ふに忠信、行うに篤敬。念を懲らし、欲を塞ぎ、善に還り過を改む。
一、其の義を正して、其の利を謀らず。其の道を明らかにして、其の功を計らず。
一、己の欲せざる所、人に施すなかれ。行なって得ざること有れば、諸を己に反り求めよ。

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「村民の之を尊信すること神の如く」であり、彼が亡くなった時には「隣里郷党皆涕泣して柩を送る。其の状恰も親戚を喪するが如し」だったと伝えられている。

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所在地 滋賀県高島市安曇川町上小川225
     書院の横に見学者の休息施設「良知館」がある