知音の旅人

誰人であっても誕生と同時に 人生と云う旅に出て 目標に辿り着こうとする旅人である

行幸啓記念碑

行幸啓記念碑(思い出の一枚)

1968年、この公園においでになられた昭和天皇・皇后両陛下は、九人の乙女の悲話をお聞きになった時、目頭に涙を浮かべ、深く頭をお下げになり、冥福をお祈りされました。
この碑には、後日、この時のご感銘を詠まれた御製・御歌が刻まれました。

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九人の乙女の碑(稚内公園)

この碑は、終戦時、樺太の真岡(現ホルムスク)郵便局で通信業務を死守しようとした九人の女性の慰霊のために建てられたものです。北緯50度線でソ連と国境に接していた樺太では1945年8月、ソ連軍の不意の攻撃を受け40年間にわたる国境の静寂が破られました。
島民の緊急疎開が開始されるなか、戦火は真岡の町にも広がり、窓越しに見る砲弾の炸裂、刻々と迫る身の危険のなか、真岡郵便局の電話交換手は最後まで交換台に向かいましたが「皆さんこれが最後です。さようなら、さようなら・・・・・」の言葉を残し、青酸カリを飲み自らの命を絶ちました。
終戦5日後、8月20日のことでした。

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行幸啓記念碑

1968年、この公園においでになられた昭和天皇・皇后両陛下は九人の乙女の悲話をお聞きになった時、目頭に涙を浮かべ、深く頭をお下げになり、冥福をお祈りされました。
この碑には後日、この時のご感銘を詠まれた御製・御歌が刻まれています。

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