田原本駅

--








延享三年(1746)行者堂の前身堂として行者堂の東、ムクの木の傍らに地蔵堂田原本・平野藩・寺院本末御改メ帳に「本誓寺末寺 地蔵堂 開基・開山は不詳、本堂 二間四面、本尊 地蔵菩薩、境内 東西四捨三間、南北三間 但シ無年貢地」とあり「この場所から「卍」模様の小型軒瓦があった。」
 
-

明治時代 地蔵堂が廃絶の為、地蔵堂役行者倚像、前鬼像、後鬼像(伝・熊野地方より伝来)を「戸屋久」の妻が自宅離れで祀るも、逝去のため本誓寺へ預け。
大正三年頃風邪が大流行し、これは「役行者倚像 前鬼像、後鬼像」を地元新地で祀ら無くなったための「祟・タタリ」であるので、新地青年団が中心となって田原本陣屋町総堀の三間程の南堀を埋め立てて行者堂を建立し現在に至る。

所在地 奈良県 磯城郡田原本町